第62話

 結局なし崩し的にお昼ご飯までいただいてしまい、お茶で一服。

 ご両親は少し席を外されている。


「ねぇ先輩、私より喋ってませんでした?」


「意外にも緊張しなかったわ」


 椅子をこちらに寄せて彼女は囁く。2人しかいないんだから元の位置に戻れよ。


「じゃあ本番も大丈夫ですね」


 まったくあざといが過ぎる。本番も何もないのだ。


「いやこれが最初で最後の本番だろうが」


「ほほぉ~なるほど、これが本番でいいんですか?」


 言い返す前にお母様が帰ってきたため口をつむぐ。ここ最近、白帆のいいように事が進みすぎている気がする。


「お昼までいただいてありがとうございました、そろそろお暇しようかと」


「あら、晩ご飯まで食べてってくれていいのに」


 頬に手を当てながらお母様が口にする。流石にこれ以上居るのもな……。


「お母さん、先輩明日も予定あるから!」


 白帆が助け舟を出してくれる。こいつは敵か味方かどっちなんだ。


「それじゃあ仕方ないわね、今日はわざわざ来てくれてありがとうね」


「いえいえ、こちらこそありがとうございました」


 ジャケットの皺を延ばして改めて礼をする。「若いのに真面目ね~」なんて声を後ろに、玄関へ。


(羊、お前は泊まってくのか?)


(んーん、先輩と一緒に帰りますよ)


 小声で聞くと同じく囁きで返される。実家に来てまで距離近いのなんなんだ、遠いとそれはそれでおかしいんだが。

 自分の中で揺れる気持ちを自覚したからか、仕草ひとつとっても心臓が跳ね上がる。


「んじゃ、一応最後お声掛けするから外出ててくれ」


「はーい!そんなのいいのに」


 彼女を扉の外に出して、改めてご両親と向かい合う。やっぱり人を騙すのって性にあわないんだよな。


「お父様、お母様、本日はありがとうございました。お暇する前に一つだけ……」


 これが偽の関係であることを口にしようとしたその時、先程とは違う優しい手つきでお父様が肩に手を置いた。


「いいんだよ、私達もわかってるから」


「ごめんなさいね、あの子のわがままに付き合わせちゃって」


 2人とも優しく微笑み、顔を見合せている。

 あーあ、俺じゃ力不足だったか。


「どうか、羊さんのお見合いだけは……」


 本来の目的だけはしっかり伝えておきたい。せめてもの足掻きというか、彼女への罪滅ぼしというか。


「いいのよ~私たちとしても会社に仲のいい先輩がいらっしゃるってわかったから、それに、ね?」


 お母様がお父様の方を意味ありげに向く。


「あぁ、また酒でも飲もう」


 そう言って俺を送り出す。

 だめだ、さっぱり分からない。次来ることはないと思うんだけどな。

 しかし年の功には敵わないことだけは確かだ。所詮俺もまだまだ若造。


 丁寧に玄関の扉を閉めると、門の外にいる白帆に声をかける。


「すまん、待たせた」


「なーに喋ってたんですか~?」


 バレてることも知らずにあどけない笑顔を見せる白帆。家の中にいた時より緊張が和らいだのか、その表情は声同様に明るい。


「お礼だけだよ」


「その割には長かったですね!まぁいいです、帰りましょ私たちの家に」


「それぞれの家な、同棲してる風にすな」


 聞こえないフリをした彼女は、もう誰に見せる訳でもないのに俺の腕を掴み取り、足を一歩踏み出した。






◎◎◎

こんにちは、七転です。

実は今週ばちぼこに体調崩しておりました。一気に気温が上がるとやっぱり厳しいですね……。

皆さまもどうぞお気をつけください。


気がつけば1500人もの方に読んでいただいていて驚きです。ありがとうございます。もっと本当はちゃんと書きたいんですがなかなかに難しいところです。

3ヶ月くらい更新しなかったら丁寧に書けるんですが。

更新が不安定になったらすまんの気持ち。


まだまだ夏本番には遠いですが、生き延びましょうね……!

ではまた!

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