第3章

第61話

「いらっしゃい」


 迎え入れられたのは2階建ての大きなお家。あぁ白帆って良いところの娘さんなんだな、と的外れなことを考えながら、部屋へと上がらせてもらう。


「これ、つまらないものですが……」


 手土産を机を挟んでご両親にお渡しする。知らない家の匂い、どこか背筋が伸びる気がする。


 というか挨拶以外で白帆が喋らないのはなんなんだ。

 横目で彼女を見ると、上気した頬。自分の実家だというのにガチガチに固まっている。


(おい、どうしたんだよ)


(うぇっ……なんだか結婚の挨拶みたいで)


 お仕置に隣に座る彼女の太ももをつねっておく。お前が始めた物語だろ。


(うぅ、先輩のいじわる……)


「それで……うちの娘とお付き合いされているという」


 お父様がものものしく言葉を発した。急いで意識を白帆から引っ張って目の前へ向けた。

 会社の上司に怒られている時のような感覚に襲われる。


「はい、羊さんとは会社で出会いまして、現在お付き合いさせていただいております。」


 声が震えないようまっすぐ目を見て口を開く。なんでこんな本番みたいに緊張しなきゃならんのだ。


「そうか……」


 ご両親は目を合わせると再び俺たちに視線を戻した。地獄の沙汰を待つ時ってこんな感じなんだろうか。


 数秒の張り詰めた空気。


「そりゃなによりだ!」


 お父様はニカッと笑うと、机の下から大きな瓶を取り出した。


「ささ!せっかく来たんだ、飲もう!君はお酒大丈夫かね」


「うん、大丈夫!」


 すかさず白帆が返事する。なんでお前が答えるんだ。


「私グラスとってくるね」


「あんたは座ってなさい」


 白帆を座らせるお母様。ざまぁみろ、逃げられなかったな。

 お母様がいそいそと奥へと消えていき、直ぐにグラスとお皿を持って現れる。


「あ、私も手伝います」


 席を立とうとした瞬間、お父様のがっちりした手に肩を持たれる。


「まぁまぁ、お客さんは座っててください」


「ふふっ、先輩もじゃないですか」


 4人で卓について、改めてグラスを合わせる。

 俺は馴染めているだろうか……馴染み過ぎもよくないんだが。


 どうにも居心地がよくて困ってしまう。こんな温かい家庭で育ったら白帆もそりゃいい子になるだろうな。


 お父様がぐびっと酒をあおるその姿は彼女にそっくりで思わず笑ってしまう。


「何笑ってるんですか!先輩!」


 横目で白帆を見ると心底楽しそうで。

 まぁ少なくとも乗り気じゃないお見合いで誰も幸せにならないよりはいいか、なんて現実逃避しながら俺もグラスに口をつけた。

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