第57話
2人してぐびっと喉を鳴らすと、何事も無かったかのように腕を組み直す。いや、俺からじゃないからな、なんて誰に向けたものか分からない言い訳をする。
1ヶ月もすればこれも慣れてしまうんだろうか。
提灯に照らされた白帆の顔を盗み見る。
会社から帰った時よりも茜が差した頬、それこそりんご飴みたいに光沢のある唇。
「どうしました?」
振り向いた時に香る甘い匂いに、喋る時の楽しそうな表情に心臓が跳ねる。
あぁ、祭りの空気に絆されてるのかもな。
「いーやなんでもない、髪編み込んでるのいいな」
余計なことまで口走ってしまう。
きょとんと目を瞬かせると、彼女は前を向く。
「ふふ、いいでしょ!せんぱいってこういうの好きなんだ」
「さぁな」
同じく前を向いて缶ビールに口をつけた。
夏みたいにじっとりと暑くないからか、まだ冷えている。
濃いソースの匂いに誘われるようにフラフラと屋台に吸い寄せられる。
「なぁ……そろそろ腹減ったから、焼きそば買っていいか?」
腕の主導権を握っている後輩様にお伺いを立てる。
「焼きそば……い〜いですね!私イカ焼きも食べたいです!」
まさか投げたボールがしっかり打ち返されるとも思っていなかった。
焼きそばとイカ焼きをつまみながら飲むビールに思いを馳せてお腹が鳴る。
屋台を物色して目当てのものを発見する。
「腕、解いてくれる?」
「え〜〜!一旦解いたらもう組めないじゃないですか」
「そりゃおまえ腕一本じゃ焼きそば食べれんだろ」
彼女はちっちっと人差し指を振る。こいつの中で流行ってるんだろうか、イラッとくるのでやめて欲しい。
「そんな時のために私がいるんじゃないですか」
「いや1人だったら普通に食べられるんだって」
わいわい言いながらも焼きそばとイカ焼きを購入。出店のおっちゃんの計らいでちゃんと割り箸は2本貰えた。ナイス。
パカッとプラスチックの容器を開けると煙とともに舞い上がる濃いソースの匂い。
焼けたキャベツやニンジンに絡んだそれは、否が応でも食欲を掻き立てる。
「私、紅しょうが欲しいです!」
元気よく口を開けて白帆は待ちの姿勢。
「いいよな〜俺はこのしなしなのキャベツとか好きなんだよな」
腕を取られたままでは仕方ない、彼女の持つ焼きそばに割り箸を走らせて、そのまま口へと紅しょうがを放り込む。
「ん〜〜このガツンと来る感じがいいですよね〜!ビール飲まなきゃ!」
一気に飲み干して、ふぅ、と荒々しく息を吐いた白帆は不意にこちらを向く。
まだ腕は彼女に取られたまま。
さっきよりもきつく締められたこれは、もう彼女のものなんだろうか。
「ねぇ先輩、こうやって」
人混みに流されながら顔を近づけて彼女は口を開く。
「お互いの好きなものをゆっくり知っていくのって素敵だと思いませんか?」
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