第56話

「という訳で来ちゃったわけですが」


「一体どういう訳なんだ」


 目の前には提灯のぶら下がった屋台がずらり、川沿いに並んでいた。

 人の入りもそこそこ、もう陽は落ちているが、そこら中に美味しそうなソースの匂いが立ち込めている。


「ほら、秋祭り行くって言ってたじゃないですか」


 言ってたな、確かに。


「え〜言ってたっけ白帆」


 一応お約束かととぼけておく。

 まぁここから帰ろうなんて無駄な抵抗はしない。お腹空いたし適当にビールと焼きそばかなんか買って食欲を満たしたい。


「白帆じゃないでしょ!ほら!」


 おぉおぉ落ち着いてくれ、猛獣かよ。


「はいはい」


 これまじで1ヶ月も続くのか。会社で呼び間違えそうになること数回、そろそろ遠峰さんには怪しまれそうだ。


 最近プライベートでも仕事でも白帆、もとい羊と会うせいでそれぞれの境目が無くなってきそうだ。


「それとまず言うことがあるじゃないですか、せっかくお家の前で一旦解散しましたし!」


「あー……」


 まぁさすがにな。普段鈍感で通ってるらしい俺でもわかる。

 濃い黄色にくすんだ水色の帯が揺れる。


「……似合ってる、と思う」


 その瞬間、ぱぁっとまるで花火が開くように、トンネルから車が抜けたように、彼女の表情が明るく弾ける。


「はい!ありがとうございます!がんばって着た甲斐がありました!」


 そのまま流れるように俺の腕をとると、彼女は歩き始める。



 会社で突然白帆から「今日は定時退勤ですよ!」と内線がかかってきた時は驚いた。

 チャットなんて便利なものがあるんだからそっち使えばいいのに、「こうでもしないと電話できないじゃないですか〜」とのこと。


 あんまり自由なのも如何なものかと思うが、実際うちの稼ぎ頭だから何も言われないのだろう。


「どうします?やっぱり最初はお祭りっぽいりんご飴とかですか?」


「なんで甘いものから行くんだよ、まずは酒だ酒」


 絡ませた腕をくいっと引っ張って、ソースの匂いがする方へ。

 だいたい焼きそば売ってる近くにビールもあるだろ、なんておっさん然とした考え方でずんずん前を進んでいく。


「やっぱ大人のお祭りはビールですよね〜」


 そう言いながら白帆は嬉々として着いてくる。こういうところが一緒にいて楽なんだよな。

 変に気取らなくていいというか。


「すんません、缶ビール2つ」


「あいよっ!」


 タオルを頭に巻いたなおっちゃんから缶ビールを受け取る。

 氷水につけられていた缶はきんっきんに冷えていた。


「これで良かったか?」


 ぼたぼたと滴り落ちる水もお構い無しに彼女は350ml缶を掴み取る。


「もちろんです!」


 店のライトに照らされて、まるで昼かと見紛うほどに明るくなった川沿いで銀色が音を奏でた。


「「乾杯」」

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