第55話

 休みも明けて月曜日、あんなことがあったからかあまり精神的に休めなかった。

 眠い目を擦ってスーツに着替えると、買い置きしているペットボトルのコーヒーを飲みながらマンションのエントランスへ。


「あ、おはようございます!」


 鞄を足に添わせた白帆がたたっと駆けてくる。


「?」


 脳の処理が追いつかず、目を見開いたまま固まる。


「なんて顔してるんですか朝から」


「いやいやお前こそなんでこっちいるんだよ」


 俺と白帆の部屋は向かい合わせだが、入口は真反対なのだ。

 わざわざ来ようとしない限りうちのマンションのエントランスには入れないはずなんだが。


「そりゃあ恋人の練習するからですよ、ほら行きますよ〜出勤出勤!」


 腕をたしっと取られてそのまま駅へと引きずられる。


「自分で歩くから離してくれ」


「いーやです!ほら、今日から私の実家帰るまではこれで行きますよ」


 彼女の袖が俺の服と擦れる。

 もう秋だもんな。秋……食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋……食べること以外社畜には関係無さそうだな。


「え、絶対嫌なんだけど……1ヶ月くらいフルリモートと有給で凌ごうかな……目立ちたくないし」


 頭の中で残りの休暇数をはじき出す。うん、いけるな。


「だめに決まってるじゃないですか!遠峰ちゃんが困りますって」


 わたわたと手を離す白帆。


「それもそうか」


「もう!すぐに真顔になるのやめてください、本気かと思うじゃないですか」


 こいつ月曜朝から元気だな。週の始まりなんて皆憂鬱なもんじゃないのか。

 水曜日が休みになればなぁ。どの出勤日も休みの前か後になって頑張れるのに。


「んで、俺は彼氏役として何すりゃいいんだ」


「うーん私もわかんないですよね……手を繋いでみたり?」


「お前実の両親の前で恋人と手を繋げるか?」


 数秒、無言の時間。

 2人の靴がアスファルトを蹴る音だけが鳴り響く。


 あー、こんなことやっぱり断ればよかった。面倒が過ぎる。


「む、むりですね……」


 そう言うと白帆はすすっと半歩俺から離れる。酔ったこいつを背負って帰った身としては、何を今更って感じだが。


「じゃあ名前で呼ぶとかか?」


 どうして俺から提案してるんだ。

 これが上手くいかなかったら白帆がお見合いさせられるだけだし、そこまで頑張らなくてもいいはずなのに。


「それありですね!でも私的には先輩は先輩なんですよね……今更名前はちょっと」


「俺の呼び損じゃねぇか」


「でも先輩、自分から提案しましたし?ほら、呼んでください、羊って」


 自分の頬が赤くなるのを感じる。


「羊、これでいいか?」


 恥ずかしいことは早く終わらせるに限る。


「は、はい……これ結構きますね……」


 突然しおらしくなる白帆。

 これ後1ヶ月も続けるのか?身が持たないぞ。


「でも慣れなきゃなので!お願いします!」


 空元気か、お互いの顔が赤いことは知らないふりをする。

 電車が到着するアナウンスが微かに聞こえる。


 あれだけ喋っていたはずなのに、いつもより早く駅に着いた気がした。 

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