第54話

「は?」


 意味がわからず思わず口がぽかんと開く。


「やっぱり結論から話すの大事かなって〜」


 指をもじもじしている白帆の顔はどんどん赤くなっていく。

 これがアルコールのせいだけじゃないことは、流石の俺でもわかる。


「いや経緯を話されたところで意味はわからんがな」


 え、これ俺合ってるよな。

 第三者が見てるなら教えてくれ、この瞬間常識人はどっちなんだ。


「まぁもう恥ずかしいことは言ってしまったので後は野となれ山となれと言いますか……」


 すっきりとした表情で彼女は語り出す。俺の中のもやもやは溜まるばかりなんだが。


「この前私実家に帰ってたじゃないですか」


「あぁあの可愛いわんこの写真の時な」


「それはいいんですよ!もう!」


 いいな……将来犬か猫飼いたいな。そのためにはいつかは引っ越さなきゃなぁ。

 ぼんやりと目の焦点も合わないまま白帆を見る。俺の缶はまだ空かない。


 彼女は窓の下から新しい缶を取り出すと荒々しくプルタブを開けた。


 ぐぴっと喉を鳴らしたかと思えば、たんっ!と音を立てて俺のベランダに缶を置く。


「それで父と母にいい人はいるのか〜って聞かれて、無視してたらお見合いセッティングするぞ!って……」


「それがどうしたら俺と恋人になる話に繋がるんだよ、しかも1日だけ」


 再び目を逸らす白帆。

 今日は表情がころころ変わるな、遠峰さんの前ではあんなにしっかり「先輩」してるのに。


「お見合いって私的にナシなので、今度彼氏連れてくるわ!って勢いで言っちゃいました……」


 普通に断れよ、とか今から彼氏作るの大変そうだな、とかそこで俺が出てくるのおかしいだろ、とか1回言ったら次もあるだろうが、とか色んな言葉が頭をぐるぐると回る。


 結局吐き出された言葉は。


「お前ならその辺のやつ選り取りみどりだろ」


 一瞬時間が止まったような感覚。彼女の表情も固まっている。


「はぁ〜〜〜〜〜〜」


 大きなため息を1つ、缶を力強く握ってぐっと傾ける。中身を根こそぎ持っていかれたのか、ベランダに響く音は軽い。


「せんぱいはな〜んにもわかってない!」


「現在進行形でなんにも分かってないんだよほんとに」


「違う、いや、違わないんですけどそういうことじゃないですよ!」


 なんでお願いしてる立場のはずの白帆がこんなに強気なんだ……。


「と、とにかく、来月1日だけお時間もらえませんか?」


 うーん……。なんとも断りにくいタイミングで。

 てっきり仕事の話だと思っていたからなぁ。


「しかたないか」


 あっさりと俺の脳みそは負けを宣言する。


「お、じゃあじゃあ?」


 ぱっと白帆の表情が明るくなる。ほんと、こいつ顔はいいんだよな、顔は。


「1日だけな」


「やったぁ!ありがとうございます!!じゃあぜひぜひ、これも飲んでください!」


 ごそごそと手元を動かしたかと思えば、大量の缶ビールが並べられていく。


「どこからこんなに酒が湧いてくるんだよ」


「断られたらやけ酒しようと思ってたくさん買っときました!箱で!」


「この話受けて良かったわ……良かったのか?」


 疑問符を浮かべながら彼女が勧めるまま缶を掴み取る。

 もっと早寝するはずだったのにな。


 あー、やるならバレないように色々準備しとかなきゃな。

 場違いな感想が浮かんでは消えていく。


 彼女の綺麗な瞳越しに見えた欠けかけの月は、ゆっくりとその高度を下げていった

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