第53話
ラーメンを食べて少しは元気になった遠峰さんを最寄り駅まで送った後、俺たちは向かい合っていた。もちろんいつものベランダで。
「なぁ今週俺頑張ったし早く寝たいんだけど」
「ちょっとだけでいいんで!」
そう言って彼女は金色の缶を掲げる。
今日も今日とて真っ白な肌が惜しげも無く晒されているが寒くないんだろうか。
対して俺は厚手のパーカー、この重さに安心感を覚えるのだ。
杯を上げられては応えない訳にもいかない。
俺も渋々銀色の缶を少し高い白帆に合わせて持ち上げる。
「乾杯……」
「乾杯!」
ラーメンを食べたお腹に追い打ちをかけるように、これでもかと金色の炭酸が流し込まれる。
うっ、ちょっとしんどいな、歳か。学生の頃はこれくらいなんともなかったのに。
「それでわざわざ約束までしてどうしたんだ」
また仕事の話だろうか。いや、仕事の話だろ。
これだけ一緒にいてもこいつのプライベートのことあんまり知らないしな。
「まぁまぁ、そう急がないでください」
彼女は缶をうちのベランダの縁に置くと、手のひらをこちらに向ける。
俺が眠たいって話聞いてないことにしてるな、こいつ。
「それにしても遠峰ちゃん、元気になって良かったですね〜」
秋の風が白帆の髪を揺らす。
初めてベランダで会った時よりもかなり伸びたな。
「あぁ、うち入って初めてのミスだったんじゃないかあれ」
「そりゃへこみますね」
俺が缶に口をつけるのに合わせて彼女もビールを流し込む。
近々企画課の誰々が結婚するだの、総務には女性多いですよねだの、社内の状況を話し出す白帆。
俺の情報源が彼女だけなせいで、知ってる情報に偏りがある。
今度総務の飲み会では何も話さず大人しくしておこう……。
「それでですね、せんぱい」
酔いも回ってきたのか、うっすら顔が赤くなる白帆。
「ちょっとお願いがありましてですね……」
彼女はすっと目を逸らす。先程までの威勢はどこへやら、身体も一回り小さくなった気さえする。
「まぁ今日助けてもらってるしなぁ……余程のことじゃない限り聞くけど」
「うーん……私にとっては結構余程のことなんですよね〜……」
もうお酒が無いのか、人差し指と中指で摘まれた缶が風に煽られてゆらゆらと揺れている。
ふぅ、と息を吐いて空を見上げる。
雲に隠れてなお、月が俺たちを照らしている。夏は夜、秋は夕暮れなんて言うけれど、春夏秋冬空を眺めるべしだ。
……まぁ夜空を見るようになったのもどこかの後輩のおかげだが。
「まぁ聞くだけ聞こうか」
「それでは、ごほん!」
わざとらしく握りこぶしを口元に当て、軽く咳払い。
「せんぱい、来月1日だけ私と恋人になってください!」
そんなはずは無いのに、雲間から漏れ出た月の光はどこか、熱を持っている気がした。
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