第39話

「それじゃあ今日はこの辺で!」


 宴も終わり。幹事の一声でぞろぞろと片付けが始まっていく。


 俺も周り同じくグラスを集めて自分の荷物を手に取った。

 さて、こいつをどうしようか。


 腕を枕にして覆い被さるように身体を倒す彼女は、浅く寝息を立てていた。

 うーん……。


「おい、帰るぞ。起きろ」


 肩に触れると彼女は身体を勢いよく起こし、こちらを見る。


「なんだ、先輩か……あとごふん、、、」


 再びテーブルに突っ伏す後輩。


「ここ居酒屋だからな?」


「やだ〜〜連れて帰って〜〜」


 じたばたとする白帆、こいつ本当に社会人か?

 遠峰さんを見てみろ。もう他の社員と仲良くなって外で喋ってるぞ。


「あれ?白帆ちゃん寝てるの?」


 どこか見覚えのあるようなないような、名前を思い出せない男性社員が近付いてくる。


「俺、家まで送ろうか?」


 そんな下心ありのにやにやした顔で言われてもなぁ。

 とはいえ、ここで俺が拒否するのもおかしいか。タクシーの金はもう渡したとか言って誤魔化すか……。


 どうしたものかと悩んでいたら、目の前の白帆はすくっと立ち上がって出口へと歩き出す。


「いえ、結構です。1人で帰れますので」


 彼と目も合わせず、冷たく言い放つ。


 彼女は靴箱からヒールを取り出して手早く履くと、すぐに居酒屋の外へと向かった。

 その変わりように思わずぽかんと口を開けてしまう。


 さっきのくだりは何だったんだ……。

 俺も革靴を履いて居酒屋のドアをくぐる。


 居酒屋の外の道路にはわいわいと団子のように人がひしめき合っていた。


「今日はありがとうございました!それではまた!」


 幹事が声を張り上げるも、繁華街の喧騒に紛れていく。

 そういや最近は一本締めとか聞かなくなったなぁ、なんて詮の無いことを考えながら、流れ解散に身を預ける。


「遠峰さん、今日はお疲れ様でした。休日ゆっくり休んでね」


 一応彼女にも声をかけておく。


「ありがとうございました!それではまた月曜日に!」


 結構飲んでいたと思ったがまだまだ元気そうだ。さすが元不動産関係者。白帆にも見習って欲しい。


 金曜日の退勤後、自由な時間からもう休日は始まっている。

 現在時刻は21時と少し。


 明日は自炊でもしようか、最寄り駅近くのスーパーはまだ開いてるな。

 偶には普段と違う路線で帰ろっと。皆と別の駅へとふらふら歩みを進める。


 この許された夜の時間に街を歩き回るのも悪くない。


 不意にジャケットの袖を引っ張られる。


「もう、先輩!こっちの駅使うなら言ってくださいよ」


 顔の赤い白帆が早口で捲したてる。肩口で切りそろえられた髪がふわっと舞う。


「えぇ……お前先帰ったんじゃなかったのか。1人で帰れるって言ってたし」


「1人で帰れるのと1は別ですよ」


 そう言うと彼女は、まるでここが自分の定位置だと言わんばかりに俺の隣を陣取った。


 どこか安心するような、でも少し緊張を含んだ甘い匂いが、アルコールで鈍くなった俺の鼻を通り抜けた。

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