第37話

「乾杯!!」


 グラスの重なる澄んだ音にいつもよりテンションの高い声、戦争、もとい飲み会が始まった。


 知らない人もいるとはいえ、同じ会社の人間。さくっと自己紹介して料理に手を伸ばす。

 遠峰さんは初めての飲み会ということもあって、席を近くにしてもらった。


 基本悪い人間はいないんだ、存分に可愛がってもらってくれ。


「遠峰さんっていくつなの?」


「今年24で……前職ありです」


 大学出たって言ってたし、不動産で2年いたことになるのか。頑張ったなぁ。

 彼女は手にした梅酒のソーダ割をちびちび飲んでいる。


「総務の課長怖すぎじゃね?」


 顔が赤くなった他部署の推定先輩に話しかけられる。


「あぁ見えてかわいいとこありますよ、あと」


 声を潜めて口を動かす。


「どこに耳あるかわかんないで、気をつけてくださいね」


「ひぇっ」


 これだけ言っとけば大丈夫だろう。

 昔他所の課で悪口言ってた人間が数時間後に会議室に呼ばれたのを見て肝が冷えたもんだ。

 いや、悪い人じゃないんだが……ちょーーっと怖いだけ。


「課長ってそんなに怖いんですか?」


 少し顔を赤くした遠峰さんがずずいっとこちらに座布団を寄せる。

 

「怒らせたら大の大人が泣いちゃうくらいには」


「普段はあんなに優しいのに……!」


 ぽやぽやしながら彼女はグラスを傾ける。

 飲み会が始まった頃には並々あった梅酒ももう残り少ない。


「あ、私おかわりいただくので、先輩も良ければどうですか?」


「悪いね……生ビールでお願いしてもいい?あ、あと」


 奥の方で周りから質問攻めにあっている後輩が視界に映る。

 柄にもなく甘いお酒をゆっくり飲んでいるみたいだ。普段とはまるで違う硬い表情に思わず笑ってしまう。


「店員さん呼ぶついでにあそこの馬鹿、なんとかして連れて来てくれない?話したいので〜とか言って」


 すくっと、顔が赤い割にしっかり立ち上がった遠峰さんは、こちらを振り返るとグッと親指を立てた。


「任せてください!」


 この子、意外とお茶目だな?


 手筈通り彼女は座敷の入口まで行くと、店員さんに声をかける。

 こちらへ戻る途中、さりげなく白帆の側に近寄ると何やら耳打ちしている。


 直後、白帆と目が合う。

 にぱっと笑う彼女は花が咲いたようで、雲間から月が顔を出したようで、一瞬時間が止まった気がした。


 向こう側で話していた白帆と遠峰さんがこちらに来るのと、新しい飲み物が届いたのはほぼ同時だった。


「そーんなにせんぱいが私と話したかったなんて、この飲み会を企画し……ん゛ん゛、来てよかったです」


 語るに落ちてるんだよなぁ。

 おかしいと思った、そんなピンポイントで俺に誘いが来るはずないんだよ。同僚も同罪か。


「やりやがったなお前」


 甘いお酒を一気に飲み干した白帆は、唇を尖らせながらそっぽを向いた。

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