第32話
遠峰さんと同僚、俺の3人でやってきたのは定食屋さん。
繁華街や駅とは会社を挟んで反対方向にあるこの店は、サラリーマンたちの憩いの場として密かな人気を博している。
「ほらほら遠峰さん、何でも食べていいからね!この怖い教育係の先輩がなんでも奢ってくれるから」
「おい、誰が怖い教育係だ。まだ何も始まってないんだから。あ、でも何でも選んでいいのはほんとだからね」
メニュー表を開いて彼女に渡す。
「あ、ありがとうございます……前いた会社ではこういうのもなくて、、」
「前職は何してたんだっけ」
メニュー表から顔を上げると、彼女は小声で返事する。
「不動産の営業でした」
恐らく俺も同僚も同じ顔をしているだろう。
あの業界、ピンキリなんだよな。給料も働きやすさも。
「大変だったね〜」
同僚が同情の声を上げる。
うちは給料こそ高くないが、働き方は不動産営業に比べれば楽なほうだろう。
ここで「どうしてうちに?」なんて質問はしない。せっかくの昼休みだ、存分に休んでもらわなければ。
「お前どれにすんの」
遠峰さんが選びやすいよう、同僚に水を向ける。
「ここ来るの久々だしな、悩ましい」
「俺も普段日替わりしか食べないからなぁ」
逆向きのメニュー表を読み進めていく。
ガッツリしたものを食べたい気もするが、昼から眠くなるのも嫌だしなぁ。
「遠峰さんは決まった?」
メニューの字を追う彼女に問いかける。
「私は……チキン南蛮にしようと思います」
おぉ、若さってこれか。
昼からチキン南蛮なんて食べたら胃が爆発してしまう。
同僚と2人、遠い目をする。
「俺は日替わりで〜」
「じゃあ俺はざる蕎麦にしようかな」
比較的お腹に優しいものを選ぶ。
というか夜に酒とつまみをベランダでしこたま食べ飲みするから昼の食欲無くなってきたんだよな、ここ最近。
「じゃあ、私はからあげ定食で!」
いつの間にか後ろに立っていたのか、馴染みのある声が聞こえる。
そのまま俺の前の席を陣取ると店員さんを呼ぶ。
「お久しぶりです、せんぱい!」
テンションの上がる同僚と、驚いた顔をした遠峰さん。
2人とは対照的に、俺の心には静かに波が押し寄せた。
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