第2章

第31話

「新人の面倒見るの、頼んでもいい?」


 課長の一声で始まった業務量のオーバーフローは、秋の雰囲気にはまだ遠い残暑に俺の心を縫い止めた。


 なんでもえらく優秀な人らしく……というか総務じゃなくて企画課にすりゃいいのに。なんでこんな地味な部署に入れるんだ。


 確かに繁忙期には手が足りないが……。


 そんなこんなで迎えた10月1日、目の前にはスラッと身長の高い女性が立っていた。


「本日よりお世話になります、遠峰とおみね ことです。よろしくお願いします。」


 20代半ばとは思えないほどの貫禄だな。


 拍手の中、同僚が話しかけてくる。


「なぁ聞いたか?確か白帆ちゃんと同じ大学らしいぞ」


「俺たちとなんにも関係ねぇじゃねぇか」


 あれ、年齢的にギリギリ被ってるのか……?今度聞いとこう。


「白帆ちゃんとはまたタイプが違うな〜」


 こいつ美形だったら誰でもいいのかよ。白帆が泣くぞ……いや、泣かないか。

 空想上の後輩に心の中で合掌しておく。


「それじゃあ遠峰さんの席はあそこで」


 課長が俺と同僚の間にある席を指差した。

 まぁ上司の命令は絶対だ、仕方ない。


「というわけで、よろしくね遠峰さん」


「よろしくお願いします!」


「総務課なんて地味なところで大変申し訳ないんだけど、社内システムの使い方から覚えようか、一通りできたら他所の課と調整とかやってみよう」


 だーっと話してマニュアルを渡す。一応付箋とか貼っといたし大丈夫だろ。


「とりあえず昼までそれ読んでみて、分からないところとかあったら聞いてね」


「わかりました」


 早速彼女は辞書かと見紛うほどの紙束に手を伸ばした。


 優秀らしいんだ、とりあえずマニュアルから入るのも悪くない。

 自分の時は放置されたなぁ、なんて昔を懐かしみながらいつもの仕事に戻る。


 そういえばあれ以降、白帆とはベランダで会ってないな。

 この前の撮影データが上がってきたから大詰めだって情報通(白帆に限る)の同僚から聞いたっけ。


 今度何か差し入れでも持っていってやるか、少なからず俺も関わったわけだし。


 そうこうしているうちにお昼の時間。

 初めて会社に来た遠峰さんはご飯を食べる場所なんて分からないだろう。

 ここはひとつ、教育係としての腕の見せどころだ。


「集中してるとこごめんね」


「いえいえ、マニュアルも大変分かりやすく……」


「ありがとう、それ作ったの俺とこいつなんだよね」


 早くもPCを閉じた同僚に目をやる。


「そういえばお昼、持ってきてる?」


「いえ、コンビニかどこかで買おうかと……」


「せっかくの初日なんだ、よかったら一緒にどう?」


 これで断られたら心が泣くぞ。

 まぁでも異性と2人なんて嫌だろうし、逃げようとしている同僚を掴まえておく。


「いいんですか!そしたらぜひ!」


 ずいずいっとこちらに身を寄せた遠峰さんは、第一印象とは違って年相応に見えた。

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