第29話

 目を覚ますと心地よい重さに気が付く。

 外からは鳥の声、首を捻って時計を見ると6時30分。


 カーテンの隙間から見える青々とした空には白い雲が漂っていた。よかった、快晴だな。


 そういえば白帆が今日は11時スタートとか言ってたっけ……って白帆!


 自分の胸板に目を向けると、俺の身体を抱き枕にした後輩がすぅすぅと寝息を立てていた。

 昨日はあれからそのまま眠ってしまったらしい。


 こてんっと彼女の顔が転がり、もにもに動く口をのぞかせる。規則正しい呼吸に、特有の甘い匂い。

 そういう気にもならないほど癒されるな……こう、ペットが寝ているのを見ているみたいな。


 こいつも疲れているだろうし、今はまだ寝かせておこう。

 このあどけない顔を見られるのは先に起きていた人間の特権だ。


 数分ほどぼんやりしたところで、彼女の瞼が開かれる。


「おはよう、白帆」


「ん゛あ゛…………ほあようございます、」


 掠れた声で返事をした白帆は半目でこちらを見上げる。


「あれ、なんでうちにせんぱいがいるんですか……?」


 寝ぼけてほやほやした声が静かな部屋を浮遊した。

 あまりにもテンプレな寝起き姿に思わず笑ってしまう。


「わたし、せんぱいのその顔……夢?」


 途中で覚醒してきたのか、言葉遣いもはっきりしてくる。

 俺の顔がなんなんだ。気になるだろうが。


「夢なわけあるか」  


 優しく額にデコピンをお見舞する。


「あー!女の子には優しくしないといけないのに!って、あっ!」


 彼女の手が俺の視界を塞ぐ。


「今寝起きなので見ないでください」


「んな理不尽あるか、お前だろこっち来たの」


「でもその後ぎゅってしてくれたじゃないですか〜」


 なおも俺の視界は暗いまま。

 はて、そんな記憶はない。


「覚えてないとか思ってるでしょ、多分寝ながら無意識ですよ」


 やっぱりやらかしてるじゃねぇか。

 今すぐ頭を抱えたいところだが、手は白帆の下敷きになっていて動かせない。


「そろそろ起きね?この体勢も辛いというか」


「ん〜〜〜」


 ようやく顔にかかっていた手が引いていく。

 腕組みをしながら悩む素振りをした彼女は、再び布団を纏うとこちらへ身体を顔ごと押し付ける。


 こいつ、恥ずかしい時はこっち見ないよな。


「別にまだ時間あるし、後30分はこのままで!」


 時間があるのは事実だし。

 寝起きで頭が働いていないのか……うん、そのせいにしよう。


 めんどくさいことは未来の俺が何とかしてくれる。

 今はただ、この小さくも確かな温もりを感じていよう。


 そう都合よく思考を海に放り投げて、俺は身体の力を抜いた。 


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