第28話
「それじゃ、乾杯」
珍しく俺の一言で始まった小さな飲み会も、お互いの疲労を察して早々に風呂敷を畳むこととなった。
「いつもみたいにベランダで飲みましょうよ!」って意気揚々と外に出たものの、雨と潮風がベタつくからとすぐ部屋に帰ってきたのもご愛嬌。
今は歯磨きを終えてソファベッドで横になっている。
2つのベッドは平行に置かれており、俺の方が低い位置にある。
「電気消してくれ〜」
「えーもうちょっとおしゃべりしましょうよ!なんだか修学旅行みたいで楽しいじゃないですか」
やはり陽キャ、学校生活に多大なる思い出があるらしい。
いやまぁ俺も楽しかったが……もう何年前だ、修学旅行なんて。
「何話すんだよ、明日のスケジュールか?」
「まったくこれだから!仕事の話なわけないでしょ……夢無さすぎです」
ガバッとベッドから起き上がって熱弁し始める白帆。
「おうおう寝ようや、今週も突然海に連れてこられておじさんは疲れてんのよ」
さっきまで小降りだった雨が勢いを増してきた。
「寝ようだなんて、そんな先輩……!まだ早いっていうか……えっち」
再びベッドに寝転がると、彼女は掛け布団にくるまった。
ミノムシのごとく身体をもぞもぞさせて頭だけがぽこんっと出てくる。
「洒落にならん冗談はやめてくれ、この状況がまずいんだから」
「言わなきゃバレないでしょ」
「俺の平穏な社畜生活を脅かさないでくれ〜〜ただでさえ目立ってるお前と会社で話すの億劫なのに」
なんだかんだ話の流れに乗ってしまった。
こう、不思議と人を惹きつける力があるよなぁこいつ。まるで魔法みたいに。
役得だろうと思いつつも、もし自分がそんな気質ならストレスも溜まるだろうな。
「……ほんとに嫌ならちゃんと拒否してくださいね」
しゅんっと眉尻を下げて、彼女はもぞもぞと後退していく。
今日はしおらしい白帆をよく見る日だ。
ガツガツした男なららここで手でも握って優しい言葉をかけるんだろう。
「あぁ」
大きな雨粒が窓を叩く。
雷もゴロゴロと鳴っていて穏やかじゃない。予報では明日晴れだが……。
不意に閉め切ったカーテンから眩しい光、次いでドーン!と爆音が響く。
「ひゃあっ!」
音が鳴った瞬間、ミノムシ状態の白帆がこちらに転がってくる。
「お前もしかして……」
掛け布団の奥から潤んだ目が見える。
「えぇそうですよ、、、子どもっぽいですよね
、」
「いやまぁ人それぞ……」
口から出た言葉に被せるよう、再び落雷。
「背に腹はかえられません」
そう言うと彼女は布団を広げて俺の方に倒れ込んできた。
「雷おさまるまででいいんで……後生です!!」
ぷるぷると震える白帆をそのままにもして置けず、身体で受け止める。
視界を塞ぐ艶やかな髪、鼻を通る甘い匂いに柔らかい感触。
……まずいな、これ。
理性と本能の間はほんの数mm、まるで船に揺られているかのように行ったり来たり。
とはいえ、とはいえだな。
ここは1人の大人としてなんとしてでも耐えるべきだ。
少し酔いが回った身体は意外にも、こんな状態でもリラックス状態へと移っていく。
気が付けば瞼も水平線に沈みかけていた。
最後に覚えているのは、未だになお震える小さな手を握りしめたことだけだった。
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