第27話

 声をかけられた瞬間、白帆の顔つきが変わる。そうそう、これが仕事モードなんだよ。

 唇はきゅっと締まっていかにも「仕事できます」みたいな顔してる。いやまぁ実際仕事はできるんだが。


「お世話になります。先程はありがとうございました。」


「いえいえこちらこそ……というか白帆さん、そっちが素なんですね」


 痛いところを突いてくる。マネージャーさんはこちらをチラッと見ながら遠慮がちに話し出す。

 俺は微塵も痛くないが。


「お恥ずかしいところをお見せしてしまって……」


「とんでもない!素の白帆さんもかわいらしくていいと思います、ねぇ?」


 とんだキラーパスが投げられた。

 おいやめろ白帆、ももの裏側をつねるな。


「えぇ……そうですね……?」


 苦し紛れに答える。

 こんなの誘導尋問じゃねぇか。


 白帆は嬉しそうにこちらを向くと、相好を崩した。


「へぇ〜〜やっぱり!そういう大事なことはちゃんと伝えてもらわないと!」


「お前キャラブレてるぞ」


「いいんですよもう、ばれちゃったし!明日の撮影はもっと楽しみです!」


 カゴに入った缶をカランコロンと鳴らしながら、マネージャーさんが目の前に来る。

 彼女は俺の身体を下から上まで見回して口を開いた。


「さっきはスーツで短時間しかお会いできなかったので気が付きませんでしたが」


 半歩こちらに足を進める。


「意外といい身体してますね」


 冗談っぽくこちらに顔を寄せる。

 刹那、白帆が俺とマネージャーさんの間に足を入れる。


「この人予約済みなので」


 俺の服の袖を握りしめる。おい、シワになるだろうが。

 手ぷるぷるしてるしどんだけ力入れてんだよ。


 というか誰が予約済みだ、失礼な。


「ふふっ、冗談ですよ」


 マネージャーさんはたたっと後ろに下がると、少し背を屈めて白帆と目線を合わせる。


「からかってごめんなさい」


「ま、まぁ本気だったとしても負けませんけど?」


 どう考えても三下のセリフを、よくもまぁ恥ずかしげもなく。というか俺の立場は?


 3人でレジに並んで無事会計、マネージャーさんはさっさとエレベーターへと消えていった。

 どこかやり切った顔をしていたのはなんなんだろう、不思議な人だ。


 2人で再びエレベーターに乗り込む。


「せんぱい、どこか行っちゃわない?」


「お向かいさんだしな。というか敬語使え」


 彼女は背中にむぎゅっと抱きつくと、頭を擦りつける。

 まるで動物が自分のものだと主張するかのように。


 たまにはいいか。

 非日常の空気に充てられて少し甘くなってしまう。

 近付いてくれる後輩を無碍に振り払えるほど、俺も強くないんだ。


 重力を感じて十数秒、俺たちの部屋がある階に鉄の箱が滑り込んだ。


「ほらいくぞ」


 もぞもぞしたまま進まない後輩。

 仕方なく腕をとって俺は足を踏み出す。


 真夏の割に涼しい廊下に、缶ビールのぶつかる澄んだ音が響いた。





◎◎◎

こんばんは、七転です。

気合いの2話目更新!(退勤しました)

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