第24話

「そんなそんな、もちろん先輩が使ってください!」


「じゃあお前どうすんだよ」


 突如元気を取り戻した白帆は威勢よく言葉を空中に放り投げる。


「私は……適当にネカフェかカラオケでも探しますよ」


 斜め下を向いて言い淀む白帆。

 当てなんてあるはずないだろうに。


「それなら俺が外で泊まるわ」


 なおも彼女は腕を俺に巻き付けたままフロントに目を向ける。

 再びこちらを向いた彼女の瞳には先程の光が揺れていた。


「それ、解決できる方法があるって言ったらどうします?」


 まぁ次の流れは鈍感な俺でもわかる。でもさすがに。


「なしかな。いくらお前でも」


「『いくらお前でも』ってことは、他の人よりは親しいって思ってくれてるんですね、これは上々」


 そう言うと彼女はホテルに入っていく。

 雨を受けてか、ロビーには人がまばら。絨毯を踏みしめて進む。


 ここから脱却する術を考えるが、濡れた頭では良案も思いつかない。

 いっそ突然走り去ってやろうか。


「すみません、会社で予約取ってたんですが……」


「はい、お待ちしておりました。お連れ様方はお部屋に向かわれました」


 こいつ、このまま話を進める気だな?阻止せねば。


「残り1部屋ですよね、この白帆が泊まりますんで」


 彼女の肩を掴んで前へと差し出す。

 刹那、ふわっと香る甘い匂いに意識をそらされる。


 これで話は終わるだろう。

 適当にその辺で飯でも食ってネカフェ探そう。


「はい、おっしゃる通りご用意しているのがあと1部屋なんですが……」


 彼女はカウンターに手をつくと少しだけ身を乗り出した。


「そのお部屋、2人でも泊まれますか?料金等々は後ほど会社から連絡させますので」


 案の定2人で泊まろうとしてやがる。

 何も無くても社会人として体裁が悪いだろうが。今の時代、こういうの本当に厳しいんだから。


(おい、余計なことするな)


(こうでもしないとどこかのお馬鹿な先輩が自己犠牲しちゃうじゃないですか〜)


 小声で返事する彼女だが、フロントのカウンター下ではももをつねってくる。うわ、痛。


「ソファベッドでもよろしければご用意させていただきますが」


「ではそちらでお願いします!」


 話はこれで終わりとばかりに白帆は鍵を受け取り、立ち尽くす俺の腕をむんずと掴んだ。


「ほらほら行きますよ〜!明日も仕事ですしちゃっちゃとご飯食べちゃいましょ!」


「俺は泊まらんからな」


「やーんこんなとこで喧嘩はやめましょ?周りにお客さんもいますし!」


 ああ言えばこう言う。

 俺が口で勝てる日は来るんだろうか。


 ……もう諦めた方が早いんだろうな。

 上機嫌で今にもスキップしそうな白帆を後ろから眺めて思う。

 やはり企画課は頭のネジが飛んでる人間ばかりだ。こうでもしないと良いものは作れないんだろうか。


 エレベーター前、上向きの矢印を細長い人差し指が撫でる。


「やけに静かですね、もしかして折を見て逃げ出そうとしてます?」


「そんな体力ねぇよ。諦めただけ」


 小気味のいい音を鳴らしてドアが開いた。


「いつもそう言って仕方ないなって許してくれるせんぱい、好きですよ」


 唇を尖らせてもにょもにょ言ってる後輩を見ていると怒る気も失せてきた。

 これも仕事かと頭を切り替えて、俺は晩ご飯に思いを馳せるのだった。

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