第21話

「かんぱいかんぱい!」


 そう言いながら白帆は荒々しく缶チューハイを取り出す。

 そんなに振ったら炭酸が……。


「なーんでいつも先始めちゃうかなこのせんぱいは〜」


 ぷんぷん怒りながらも、指はプルタブにかかっている。


「ごめんて。シャワー浴びたらどうしても我慢できなくてだな」


「ほんの数分の話でしょうが。麦茶でも飲んでてくださいよ」


 無茶を言う。風呂上がりの喉カラカラ状態で流し込む酒が美味いのに。


「すまんすまん」


 ビール缶を持っていない方の手で手刀を切る。ここは素直に謝っておこう。


「まぁ付き合ってくれたんで許します」


 ほら、訳分からん理由だが許してくれたし。

 というか付き合ってないが。寂しい独身アラサー社畜を舐めるなよ。そこらの高校生よりも繊細なんだから。


「あれ、もしかして私のこと恋人だと勘違いさせちゃいました?……ざんねん、お買い物に付き合ってくれたって話です!」


 缶を開けて溢れ出た泡は気にも留めず、俺を煽ってくる。

 あーあ、手がベトベトになってるじゃないか。せっかくお風呂入ってきたのに。


「勘違いするかよ自惚れんな、こちとら社会性の塊だぞ」


「ちょっとくらい動揺してくれてもいいのに〜!つまんなーい」


「お、じゃあ今日は解散するか?観たい映画あるんだよな。お前もなんか炭酸で手がやばそうだし」


「え!じゃあ一緒に観ましょうよ!!ここからそっちのお部屋に渡っても……?」


 白帆が窓から半分身を乗り出す。今日はなんだか攻撃力高めだな。


 あと手がベトベトなのは無かったことにするつもりなのか。

 それよりも。


「良いわけないだろ、この線はな、」


 どれだけ仲良くなっても越えてはいけない、いや越えられないラインなのだ。

 1人の男として、社会人として。


「この線は?」


 彼女は眉を下げてしょんぼりしながら続きを待っている。


「いーやなんでもない。映画はいいや、飲もうぜ」


 言葉にしてしまうとこの関係が終わってしまう気がして。

 それを拒む自分がいることに驚きを隠せない。まぁ言うと調子に乗るから絶対こいつの前では口に出さないが。


「まぁいいです、そのうち先輩が酔った時にでも訊きだします」


「お手柔らかに頼む」


「私の手は柔らかいですよ、ほれほれ」


 缶を縁に置くと、月に照らされた細長い指をこちらに差し出す。

 もう酔ってんのかこいつ。


「ベトベトな手をこっちに向けるんじゃない」


「失礼な!さらさらすべすべですし!」


 その言葉を最後に、俺と白帆の間に沈黙が影を落とす。

 不思議とこの時間も嫌いじゃない。常に会話がないともたない関係は、ちょっとこってりし過ぎだと思う。


「私、このなーんにもない時間も好きなんですよ」


 声のトーンを落として彼女は呟く。

 珍しく気が合ったな。


「俺も嫌いじゃないよ」


 缶チューハイに口をつける。

 ぬるくて、あまい。


 小さく息を吐いて上を向いた白帆につられて空を見る。

 これからが本番とでも言うかのように、大きな三角形が俺たちを見下ろしていた。

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