第20話

 マンションのエントランスに到着する。俺は自宅の方へ彼女もこちらへ……は?何着いてきてんだ。


「先輩、そしたら後で!」


 それだけ言うと白帆は踵を返す。不穏な言葉が聞こえたな。


「え、今日飲むの?」


「当たり前です!!ご褒美あるって言ってるじゃないですか!」


 くるっとこちらにターンすると、声を大にして話し出す。


 え、あれって「こんなかわいい私と一緒に帰れて嬉しいですね〜」とかじゃないんだ。

 なんだか申し訳ないな、脳内の白帆に手を合わせておく。


「なんか失礼なこと考えてます?」


「うわ、なんで分かるんだよ」


「そういうのは当たってても言わないもんなんです!まったく!」


 足早に自宅へと帰っていく白帆。エスパーなのかあいつ。


「お風呂くらい入る時間は上げましょう、私もすっきりしたいですし」


 最後にぷいっとこちらを向いて捨て台詞。

 カーテンのように靡いた髪、ちらっと見えたうなじに目が奪われる。


 なんのことはない、彼女にとって月の光もマンションの常夜灯も関係ないらしい。

 ほんと腹立たしいが、顔がいいってのはつくづくずるいな。


 自宅に着いてシャワーを浴びる。

 強めの水流に打たれながら、今日の出来事が頭を巡っていく。


 最近彼女と一緒にいることが増えたが、理由がわからない。

 昔少し話したといっても仕事のことだけだしなぁ。


 そのままぽけーっと頭を洗い、洗顔も済ませて部屋着に袖を通す。

 意外と時間を食ってしまった。


 あんまり酒のストックがないな。ウイスキーは1人でゆっくり楽しみたいし、缶チューハイやらビールがあれば話しながらでも飲めるんだが。


「お、奇跡的に残ってんじゃん」


 冷蔵庫の奥で眠っていた最後のチューハイを持ってベランダへ向かう。


 風呂上がりで喉が渇く。

 思わず手元にあった缶のプルタブを起こして口をつけてしまった。


「はぁ〜〜〜〜!」


 甘い。果汁が何%みたいなこと書いてた気がするが、わからんな。

 

 カラカラカラ。

 ベランダへと続くガラス1枚を開ける。

 彼女が言うだけのことはある、月が綺麗だ。


 ベランダの縁に腕をかけて物思いに耽る。


 月はただ厳然とそこにあって、形を変えたように見えるのも、観測する俺たちの位置が変わってるだけ。


 世の中の大体のことはそう。起こってることはなんてことなくて、でも感じる俺たちの立ち位置が変わっていく。


 例えば、例えばほとんど話したことのない人気者と、隣の課にいるだけの目立たない社畜が、実はベランダ数cmのお隣さんだったり。


 意識の底に潜りかけたその時、目の前の窓が開いた。


「あー!!また先にはじめてる!」


 彼女は自分の位置が変わっていくことを気にしたこともないんだろう。

 少し濡れた髪は先程のように靡かない。


 それでも相変わらず、月に照らされた彼女は眩しく見えるのだった。

 

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