第19話

 結局、白帆はもう少し自分で選ぶと言って俺を店から追い出した。

 周りからの視線が痛い。そうだよな、こんな女性物のアパレルブランドが立ち並ぶ中アラサーの社畜がスーツで立ってたらおかしいよな。


「せーんぱい!お待たせしました!」


 なんて書いてあるのかわからないロゴの入った袋を持って上機嫌に登場する白帆。


「機嫌よさげだな」


「そりゃあもう、どっかの無愛想な先輩が着いてきてくれたんで」


 彼女はふふーんと鼻を鳴らして生意気に答える。

 こいつ、得意げな顔で斜め上を向く癖あるよなぁ。

 面白いので本人には教えないが。


「おかしいな、俺は愛想良くて仕事もできる先輩しか知らないが……」


「まじで言ってます?」


「ノーコメント」


 手をひらひらさせて彼女の追撃を躱す。そんな冷たい目をしないでください。


「そんな完璧な先輩にはご褒美があります」


「『さっき水着姿見せたじゃないですか〜』が来るに1票」


「へぇ〜ご褒美だと思ってるんですね!よくもまぁこんなにひねくれちゃって」


「うるさいやい、揚げ足をとるな揚げ足を」


 ローファーが響く。


「揚げてる方が悪いんですもん〜」


 先程よりも数ミリ足を高く上げて歩く彼女は、どこか遠い存在に思える。


 会社を出た時には明るかった外も、もう夜が支配する世界だ。


「ほんとにご褒美があるんですよ」


 そう言いながらも彼女は進んでいく。

 なんだろう。


 絶対口には出さないが、この前熱が出た時に助けてもらったあれで十分ご褒美なんだが。支援物資が、というよりもその思いやりが。


 電車に乗ってもご褒美の正体は分からないまま。ついに最寄り駅に到着した。

 改札を出て家へと向かう。

 そういえば2人で一緒に帰ったことなんてあっただろうか。


「コンビニ寄りません?」


「お、いいぞ。俺も晩飯買っときたいし」


 リーン、と夏の虫の声がする。

 夏は夜……まぁ異論はないか。熱帯夜というにはまだ早いが、湿気を含んだ空気も夜ならそこまで不快じゃない。


「あ、ほら先輩、綺麗な三日月ですよ」


 空を指差しながら白帆が口を開く。

 一人で帰る時は空なんて見ていないから、こういう星の機微には疎いのだ。


「そうだなぁ」


 俺はぼんやりと返事する。


「先輩ってあんまり空見ない人ですか?」


 先を行く彼女がこちらを振り返った。


 考えていることを当てられて少し驚く。

 口には出さず、首肯。


 細い割には、よく光を反射している。

 照らされた彼女の唇はいつも通り紅い。


「じゃあ私といる時くらいは一緒に見ましょうね」


 空に浮かぶ弧と同じよう、細く艶やかに持ち上げられた唇は夏に佳く似合っていて。

 俺はどうにも目が離せなかった。

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