第12話

 夏の暑さに負けじと車内の冷房がごうごうと音を上げている。

 電車に合わせて吊り革たちが一糸乱れぬ動きで身体を前後に振っている、まるで社畜だな。


 自分の免疫のおかげかどこかのあざとい後輩のおかげか、昨晩まであった熱は嘘のように引いていた。


 さて、お礼はどうしようか。

 会社であんまり話したくないんだよなぁ……ファン達に睨まれるのも本意じゃないし。

 というか仕事しろよ、遊びじゃないんだから。


 崇められている当の本人はしっかり仕事しているもんだから余計に悪目立ちするというか……やっぱり考えるのやめよう、巻き込まれたくない。


 電車は揺れる。

 最寄りから会社まで一本、1回乗ってしまえば後は勝手に連れて行ってくれる。


 早めの時間だからか、座れはしないが身体をぎゅむっと押されることもなく立っていられる。

 川をまたぐ橋に差し掛かると、きらきらと水面に反射した光が車内を照らした。


 朝の眩しい太陽、静寂に冷房の音だけが響く車内、定時退勤後の窓から見る夕焼け、駅から家までに見る三日月、そういうものに心臓を一瞬だけ止められてしまうのだ。


 不意に後ろからぎゅっと身体を当てられる。あれ、そんなに揺れたか?今。

 次いで耳元に囁かれる声。


「おはようございます、せんぱい」


 びくっと身体を震わせて後ろを見ると、にっこりと笑う白帆。


「お元気そうでよかったです。もう1日くらいお休みしてもバチはあたらないと思いますよ〜」


「仕事溜まっていくから。それより、昨日はありがとな」


「いえいえ〜先輩の連絡先も部屋の番号も知らないしどうしようかと思いましたよ」


 へへっと笑いながら彼女は胸を張る。

 あれを機転と呼ぶのか。物干し竿て……もう脳筋じゃねぇか。


「今日は早いな」


「実は来月の出張のやつ、結構仕事溜まってまして……」


「ちゃんと残業代は付けさせてもらえよ」


 電車が静かに会社の最寄り駅へ滑り込んだ。


「んじゃ、俺コンビニ寄るから」


「はぁい、あ、昨日のお礼なんですけど」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて件の後輩はこちらを覗き込む。

 嫌な予感しかしない。

 社会人も数年やってればこの感覚が磨かれていくのだ。


「欲しいものは決まってるので!では!」

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