第11話

 目が覚めると頭の中に漂っていたは晴れていた。

 やはり睡眠。睡眠はすべてを解決する。


 スマホを見ると時刻は14時、だいぶ寝たなぁ。

 カーテンから差し込む光を見るに外はじっとり暑いだろう。


 あの中スーツで仕事をすると思うとぶるっと身震いしてしまう。


 くぅ、とお腹の辺りからおよそおじさんには似つかわしくない音が漏れる。


「そうか、何も食べてなかったか」


 ぽつりと呟くも返事はない。

 冷房の優しい風だけが部屋に流れるだけだ。


 簡単に食べられるものを探してキッチンへ。

 朝同様パカッと冷蔵庫を開けると冷気が顔に当たる。


「適当にうどんでも茹でるか」


 誰に聞かれるでもなく言葉が口から溢れる。だめだな、頭が回っていないから脊髄と口が一直線だ。


 水を飲もうと棚からコップを取りだしたところで「コンコン」と音が聞こえた。

 風でなにか窓に当たったかと放置するも、ノックのような音は鳴り止まない。


 こんな所でホラーか?熱のせいで幻聴でも聞こえたか?

 恐る恐るベランダへと続く窓に近寄ってカーテンを開ける。


 目に飛び込んできたのは、物干し竿のような細長い棒。その先には大きめの洗濯バサミでコンビニのビニール袋が留められていた。


 目線を上に向けていくと額から玉の汗を滴らせてうんうんと竿をこちらに伸ばす白帆と目が合った。


「……お前何してんの?」


 悪いことでも見つかったかのように、彼女はふいっと顔を逸らす。


「別に、、です、、」


「いやいやこの状況でそれはさすがに無理があるだろ」


 物干し竿の先に付いたビニール袋を手に取って中を見る。

 冷えピタにゼリー、うどん、お菓子や水分補給用のスポーツドリンク、アイスや塩飴なんかも入っている。このラインナップで風邪薬は無いのか、なんて失礼なことまで考えてしまう。


「俺に?」


 一応聞いておく。違うならばとんだ勘違い野郎だ。


「はい……総務課に顔出したら先輩いなくて、それで、あの、他の方に聞いたら風邪だって、だから」


 舌がもつれるような早口。


「落ち着けって、ありがとな」


 本当にありがたいのだ。

 狭い部屋に一人でいる時よりも心なしか気持ちが上を向いている。


 顔がかわいいのは周知の事実だが、こういうところもあるんだなって。

 仕事はできるのに、支援物資届ける方法が物干し竿ってそんな……。


「かわいいよな」


「え?私がですか?知ってますけど」


 余計なことを口にしてしまったようだ。

 真顔になった彼女はふんっと鼻を鳴らす。年相応な幼い振る舞いに、思わず笑ってしまう。


「何はともあれ助かった、さんきゅーな。だからなんでこんな昼過ぎにお前が家にいるのかは聞かないでおくわ」


「別に聞いてくれてもいいんですよ?かわいい後輩が自分のために帰ってきてくれたのかって」


 これ以上褒めると後で面倒になる未来が見える。今は俺の口も脊髄と繋がってる事だし、無視だ無視。


 ありがたく袋を携えて先ほど開けた窓に手をかける。寝起きに頭を回したからかどっと疲れた。


「この礼はそのうち」


「ん〜絶対ですよ!それじゃお大事に!ちゃんと寝てくださいね」


 先っぽの重さが消えた物干し竿をするすると自分の部屋に引き上げると、薄く微笑んで彼女は奥へと消えていった。


 ずっしりと重さを主張する袋から見えたアイスは、夏の暑さにやられたのか、もう既に溶けかけていた。

 

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