第10話

 目を覚ますと身体が重い、ついでに頭痛も。

 あーこれは……やらかした。原因は分からないが、心労だろうか。


 電気もつけずに手探りで体温計を探す。こういう時に限って見つからないんだよなぁ。


 指先にひんやりとした固い感触、細長いケースから体温計を取り出して脇に挟む。


 少しするとピピっと体温計が鳴る。小さい文字で38.2℃と表示されている、熱だ。

 十中八九風邪だろう。


 時刻は朝の6時と5分……まだ連絡するには早すぎるよな。寝落ちてしまった時用に目覚ましをセットすることも忘れない。


 天井を見つめて思考の川に沈んでいく。

 最後に頭に浮かんだのは昨日、総務課の扉の前で安心したように笑っていたあいつだった。



 優しいアラームで再び目を開く。8時30分。

 そろそろ会社に連絡してもいい頃合だろう。


 寝惚けた頭でスマホを操作する。

 自分の会社に電話するの、なんだかこそばゆいな。


 プルル、ワンコールで受話器が上げられる。出たのは同僚。


「すまん、熱出た」


 さっさと要件を伝える。


「うぇーい働きすぎ、課長に言っとくわ」


「申し訳ない……もし俺宛の何かしら来たら全部折り返しで頼む」


「了解〜!」


 了承の言葉と共に優しく電話が切られる。

 さて、これで1日仕事から解放された。


 よろよろと立ち上がって冷蔵庫へ向かう。確か……食料はあったっけ……。

 カパッと冷蔵庫を開けるとひんやりした空気が心地いい。


 幸い水も食べ物もある、あとは気力次第。


 再び足をふらつかせながらベッドへ舞い戻る。

 普段聴いている落ち着いた曲をスマホでかけると幾らか心が和らいだ。


 ゆらゆらと揺れるカーテン越しに、淡く光が漏れている。

 ここから数時間もすれば太陽が本気を出して猛威を振るうんだろう。昔はこんなに暑くなかったはず。


 熱に浮かされたように、というか実際に熱が出ているんだが、思考がまとまらない。

 くそ……こういう時だけでも誰かに頼れたら助かるんだが。


 生憎俺のチャットアプリにはあいにく、遠くに住むゲーム仲間と職場の人間くらいしか入っていない。


 スローテンポなメロディに視界が霞む。

 次起きる時はお腹が空いた時だろうか、仕事はどれくらい溜まってるだろうか、あいつの出張の段取りしなきゃとか、心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく考えていると、まぶたが重くなってくる。


 こんな時まで仕事のことなんて重症だな、我ながら。

 次起きた時には少しは体調が戻っていることを願って、俺は意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る