第9話

「いやいや、上から追い払えって指示出ただけだから」


「でも助けてくれたのは先輩ですし〜」


 先ほどの彼に見せた苦虫を噛み潰したような顔ではなく、どことなくふにゃっとした顔。

 これで絆される人間がなんと多いことか。


「はいはい、そしたらお前も自分の部屋戻れよ」


「え〜ちょっとお話しましょうよ〜!せっかく会社で会ったのに」


 さりげなく総務課のドア前を塞がれる。

 まずい、同期たちに怪しまれる……こんなとこ見られてみろ、3日は話のネタにされる。


「やだ。」


「むー頑固ですね……じゃあ」


 そろそろ様子を見に来そうだ。今にもドアに人影が映ってもおかしくない。


「わかったわかった。また金曜日な、それでいいか?」


「さすが!約束ですよ!」


 そういうと彼女は甘い匂いだけを残して少し離れたドアへと消えていった。


 ため息をつきながら自分の席に戻ると課長と目が合う。

 力なく会釈するとグッと親指を立てられた。いやもう自分で言ってくださいよ……。


 不意にPCの右下が点滅する。チャットだ。


『先程はありがとうございました!猿を追い払うの大変なんですよ』


『なんかお前人気だもんな』


『やっぱり顔もいいし仕事もできるし器量も良いからですかね!?』


 思わず眉間に指を置く。

 こいつこんなんだから有象無象に絡まれるんじゃないのか。

 既読だけ付けてチャットを閉じる。


 続けて出張申請がシステムで俺のところまで上がってくる。白帆からだ。

 本来はもう少し前に出してくれると助かるんだが。まぁ別に今日は他に急ぎの案件もないし新幹線とホテルまで取るか。


 ……と、備考欄に何か書いてある。「人手が足りないのは本当なので先輩が来てくれてもいいんですよ」とのこと。


 爆速で消去、行くわけないだろ。

 なんだか朝からどっと疲れた、主に某後輩のせいだが。心なしか身体もだるい気がする、今日は早く帰って寝よう。


 事務室に備え付けのケトルでお湯を沸かす。コーヒーでも飲まないとやってられんな。


 数分後、総務課内に香ばしい匂いが漂う。

 それに釣られるようゾンビと化した同僚たちがわらわらと集まってきた。

 これがゲームなら爆弾一択の群がりようだ。


 今日はブラックの気分。

 会社に置いている自分用マグカップを持って自席へ。


「そういや知ってるか?白帆さんって彼氏いないらしいぞ」


 隣の席の同期が話しかけてくる。なんだって。


「へぇ〜そうなんだ」


「だから今のうちに繋がり作ろうとみんな必死らしいぜ」


「うぇ〜そんなんで仲良くなれるのかよ。打算まみれだろ」


 いつか見た寂しそうな顔が頭に浮かぶ。

 コーヒー、苦いな。


「当の本人はのらりくらりと躱してるらしいけどな」


「仕事しろよみんな……学校じゃないんだから」


「間違いない!」


 彼は手を打つとPCに向かう。

 金曜日ちょっとは優しくしてやるかと俺もキーボードに手を置いた。

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