第5話
目が覚めると朝の7時、土曜日にしては早起きした方だ。
というより、蒸し暑くて寝苦しかったという方が正しいか。
昨日見せた寂しそうな顔もすぐに引っ込めて彼女は缶に入ったビールを飲み干し、そのままお開きとなった。
なんで俺が後輩のことに頭を悩ませなきゃならんのだ。
今日は休日、有意義に過ごしたいしまずは腹ごしらえから始めるか。
顔を洗うとスウェットを着たまま外に出る。この距離ならいいかと鍵もかけない。
うちのマンションの1階はパン屋さんになっており、毎朝香ばしい匂いを届けてくれる。
エレベーターで下まで降りるとエントランスを抜けてすぐに曲がる。
カランカラン、とドアに取り付けられたベルが鳴る。
「いらっしゃいませ〜〜!」
店員さんの元気な声が出迎えてくれた。
ここには毎日通っているから、もう顔見知りの仲だ。目を合わせて会釈だけしておく。
どのパンにしようか、トングをカチカチ鳴らして吟味する。
俺の中でのいつものは決まっているが、時折新作にも手を出したくなる。
そこまで広くはない店内をぐるっと一周、まずはフランクロールをトレーにのせる。
王道こそ覇道、惣菜パンの中では圧倒的知名度を誇るこのパンは、あのしょっぱいフランクフルトとパン特有の甘みがマッチして口を幸せにしてくれるのだ。
あと一つくらい買いたいが……。
悩んでいると入口でベルが鳴る。こんな土曜の朝イチにも買いに来る人がいるんだな、仕事の人だろうか。
メロンパン、塩パン、グラタンパンなど珠玉のメニューたちを眺めて意識を引き戻す。
「せ〜んぱい!」
つい数時間前にも聞いたあざといあの声が耳を通り抜ける。
頼む、違ってくれと後ろを向くもさらさらの黒髪が視界を覆う。次いで焼けたパンとは違う甘い匂い。
「もう、そんなに急に振り返らないでくださいよ」
「悪い」
いや、悪いか?
「えらく早起きだな、白帆」
「なんだか暑くて、、、あ、先輩、おはようございます!」
挨拶ができるいい後輩を持ったな……じゃなくて。
「おはよう、今プライベートだから話しかけんな」
「いいじゃないですか〜あんなに熱い夜を過ごしたのに〜」
瞳をうるうるさせた上目遣い、くそ、こいつ顔がいいな。
直視していると自分の精神衛生上良くない気がして、思わず目を背けてしまう。
「誤解を招く言い方するなよ」
「あ、今照れましたね?かわいいんだから」
店内には俺たちしかいない、それが救いかどうかは置いといて。
朝とはいえ夏、容赦ない陽射し店内に差し込んでいる。
「私のおすすめはですね〜、これです!」
彼女がトングで指したのらハムエッグだった。
あぁよく知ってる、端に置かれているのにすぐに売り切れる人気パンだ。
言うが早いか白帆はハムエッグに近づくと、自分のトレーと俺のトレーにそれぞれパンを乗せた。
「おい、乗せたら買わなきゃだろ」
「いーいじゃないですか、迷ってたじゃないですかぁ」
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