第4話
ついにやってきてしまった金曜日、夜。
いつもだったら適当に部屋で映画でも観ながら酒を飲み、気がつけば寝落ちという完璧な休日を始めるところが、今日は予定がある。
シャワーを浴びて冷蔵庫から缶を取り出す、今日はレモンサワーだ。
ツマミは冷凍唐揚げにキュウリのたたき、冷奴とちょうどいい塩梅。
カラカラカラとベランダへ続くドアを開けると、部屋とはかなり違う気温と湿度に顔を顰めてしまう。
「あ、先輩だ〜こんばんは」
「もういるのかよ」
窓からだらんと手を垂らして空を見ていたのはご存知白帆である。
くそ、ちょっと早めに出てゆっくり始めとくつもりだったのに。
「ほらほら挨拶は、先輩」
「はいはいこんばんは」
「『はい』は1回で〜す!」
口を尖らせて揚げ足をとってくる彼女を無視して缶を開ける。
カシュっと濡れた音に泡の飛沫。
じめじめした夜に一瞬、爽やかな清涼感が舞う。
中心市街から一歩離れた場所に建っているからか、このマンションからは星がよく見える。
美人と星見ながら酒が飲めるなんて、出るとこ出るならお金を請求されてもおかしくないな。
なんてしょうもないことを考えながら口に缶を近づける。
「ちょっと!乾杯しましょうよ!私待ってたんですから」
前回と同じく金色のビール缶が突き出される。
こいつ飲んでる酒のチョイスがおっさんだな。しかもちょっといいやつだし。
「はい乾杯、んじゃ飲ませてくれ」
軽く缶を上にあげて目を合わせる。最近の飲み会ではよくやるよな、Bluetooth乾杯。
こんな静かな夜には、缶を打ち鳴らさない乾杯もいいもんだ。
口に含んで最初に感じるのはガツンとくるアルコール。
きゅっと感じる爽やかなレモンに思わず小さな息が漏れる。
向かいでは目を瞬かせた後輩が。
「先輩って『効くぅ〜〜!』みたいな顔して飲みますよね、お酒」
「実際効いてんだよ。仕事で鞭打たれた身体に」
会社から帰って飲む最初の一口は、疲れていれば疲れているほど美味しく感じてしまうのだ。
「それで、どうした」
「何がですか〜?」
ほわほわとした空気をばら撒きながら、彼女は心底不思議そうにこちらを向く。
「この飲み会だよ、わざわざ金曜日に呼びやがって」
「先輩予定ないって言ってたも〜ん!」
本日天気は晴れ、月は満月を少しすぎた頃。
金色の缶は彼女の動きに合わせて柔らかい光を反射している。
こんな細い路地を通る人なんていないことが幸いか。窓からの縁に身体を預けてこちらを見下ろす彼女は、外からどんな風に見えているんだろう。
「理由なんてないですよ。目の前に会社の先輩が住んでるなんて面白いことがあったから誘っただけですよ」
どこか寂しそうに目を合わせない彼女の表情は、今まで見たことのないものだった。
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