第2話

 企画課。うちの会社の花形であると同時に、屈強な戦士たちの巣窟。

 やつらの辞書に甘えや妥協という言葉は存在しない。


 休み時間に会った時は話しやすくていい人たちばかりだが、こと仕事となると修羅になる。


 リテイクなんてなんぼのもんじゃい、むしろもっと言わんかい。といった仕事に対して大層熱心……いや、これでは言葉がぬるいか、狂気的なまでにご執心なのだ。

 総務課と企画課は事務室が隣合わせだが、向こうの方が2〜3℃温度が高い気がする。


 そんな猛者たちの中でも期待の新星、先輩たちをその才能で殴ること数十回、たった数年でうちの主戦力と肩を並べることになった女傑こそ、目の前でぬべ〜っと窓から上半身を垂らしている白帆 羊である。


「お〜〜先輩じゃないですか〜」


 間延びした声で話しかけてくる。


「まさかお向いさんが白帆だとは思わなかった」


「私もびっくりです」


 この後輩と話したのは数ヶ月ぶりか?確かいつかのプロジェクトで少しだけ絡みがあった気がするが……まさか覚えられてるとは思わなかった。


「ところで先輩、普段からそうやってベランダで飲んでるんすか?」


 ぐいぐい来るなぁ。ここは見なかった、会わなかった、何も無かったことにしようぜ。


「たまにな」


「いいないいな、うちベランダ狭くて立って飲むのが精一杯ですよ」


「次引っ越す時は広いとこいけよ、快適だぞ。」


 じっとりとした気温のせいでビールが温くなるのも耐えられない、ごきゅっと喉を鳴らして金色の液体を流し込んでいく。


「おぉ〜いい飲みっぷり!なんだか私も飲みたくなってきましたね……」


 拍手を鳴らして引っ込んだと思えば、彼女は手に金色の缶を持って再び窓から現れた。

 素早くプルタブを引くと、先程の俺と同じように喉を鳴らす。


 そしてあろうことか、俺のベランダの縁に缶を置く。


「おい、」


「え〜いいじゃないですか〜。広いんだからちょっとは場所恵んでくださいよ」


 口を尖らせながら彼女はカラカラと笑う。

 仕事の時は鋭い眼光も、今はへにゃっと緩んで形無しだ。


「お前も反対側にベランダあるんだからそっちで飲めよ」


「え、こわ。なんで先輩うちの部屋の構造知ってるんですか」


「うるさいわい。そっちのマンションに住むかこっちに住むか迷って両方の間取り見てるからだよ」


 前のマンションは陽の光が入る理想的な部屋だったが、少しばかりお財布が届かなかったのだ。

 そう思うと目の前の後輩が如何に稼いでいるかがわかる。


 滅びてくれインセンティブとかいう制度。


「あ、そうだ先輩。」


 また口に缶を持っていきながら不遜な後輩が話しかけてくる。


「ん?」


「金曜日とかって空いてます?」


 金曜日……あー、確かお偉いさんが来週出張だからそのスケジュール調整くらいだな。

 他の業務と合わせたら21時には帰れるだろうか。


「まぁ、仕事ぐらいだな予定は」


「そこは何も無い、でいいんですよ。全くひねくれちゃって」


 彼女は窓に腕を掛けてこちらを見上げる。

 尖った唇が月の光を受けて淡く光っている。


 メイクを落としたんだろう、いつもより幼く見える彼女のあどけない表情は、夜とはどこか合わない気がして。


「またこうやって飲みましょうよ。ビール1缶くらいなら奢るんで」

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