第3話 島浦蒼生の場合

 頭がズキズキとする感覚に意識が浮上した。

 それと同時に気分が少し悪いので二日酔いだということが確実だ。


 目を開けるとそこは家の居間にある和室のところで布団を敷いて寝かされていたんだ。

 一つだけ謎なことが一つあったんだ。

 隣にはなぜか送ってきてくれたはずの佑李ゆうりが隣で布団にくるまっているのが見えた。

 すやすやと眠っているのは合宿のときを思い出していた。


 こっちはさっき起きたみたいで、とても楽しそうなことをしているんだ。


「あ?」

「お邪魔してます……」

「なんで、ここに?」

「ああ、タクシーで送ってから終電がないし、蒼生のお母さんが『始発まで寝てていいよ』って言われて」

「確かになぁ……そこそこ離れてるからなぁ」

「良いじゃないの、終電もなくて深夜料金のタクシーは大学生の財政はつらいもの」


 佑李から色々と後の事を聞いて、なんとなくの記憶と擦り合わせていく。

 だいたい午前中から記憶を思い出していく方が楽だ。


 成人式の後に関しては記憶があって俺はスーツを着ていたし、振袖を着ていたみっちゃんと美樹みきちゃんと成人式の会場である市民ホールへ行った。

 そのときはかなりの人に囲まれてしまって、サインやら撮影攻めにあっていた。


 同じように美樹ちゃんがそうなっていて、オリンピックでメダルを取るとこうなるだということが目に見えていた。


 唯一、現役選手じゃないみっちゃんは美樹ちゃんの後ろで隠れていたんだよね。


 その後は隣の東原ひがしはら市で成人式を終えた佑李ゆうりと合流して、東原スケートセンターで記念写真を撮って一度帰宅して夕食を食べてからの記憶がない。


 恐らく酒で乾杯していたはずだから、たぶんそうだと思う。


 確か……飲んでからは酔いつぶれた気がしていて、ずっと似たような場面が何度か続いているような気がするんだよね。


 三十分以内には酔いつぶれていたのは気が付いていた。

 何度もそんな感じで誰かに介抱されて(だいたい佑李がいてくれて助かる)、二日酔いすることもあるくらい。

 いい加減にしないといけないし、試合では飲んでない反動でみんなと飲んでしまう。


「というか、蒼生がべろべろに酔ってたのは驚いたな」

「うるさいな。飲むのは好きなんだよ。でも、体質が」


 酒は飲みたいけれど、体が追い付かないという現実がある。

 大学のスケート部で酒豪と言われているメンバーもいたりするけど、俺は下戸と言われるレベルだ。

 だからコーチたちが「バンケットでは飲むな」ときつく言われるんだろうな。


「佑李授業は」

「俺、オンデマンドだから家に帰ったら動画を見るよ」


 大学の授業はオンデマンド配信という形で授業を行っているのもあって、自宅や大学の空きコマで見たりする。

 佑李はそのまま朝飯を食べずに帰宅するらしい。


 スマホの時刻を見ると午前四時半、もう始発が動き出している。

 もぞもぞと布団を掛けたままこっちに胡坐あぐらをかいている。


「そういえば。美樹ちゃんとはどうなんだよ」

「え」


 その話をされると動揺してしまう。

 実は美樹ちゃんにずっと片想いしているのを打ち明けているのはコイツしかいない。

 何年も告白しようと考えてるけど、あまり言えてないのが現状だ。


「恋愛に関しては奥手なんだな。蒼生ってコミュ力高いのに」

「それと恋愛は別だろ? 佑李だってみっちゃんと再会してからが早かったじゃん」

「言わないといけないって思っただけ」


 その行動力がすごいなと思っている。


 佑李は高校生のときにみっちゃんと同じクラスになって、冬につきあい始めたことを聞いたときはびっくりした。


 お互いに面影が少なかったらしく、半年間はただのクラスメイトとして過ごしていたらしい。


 それを聞いて何となく察することがあった。

 彼自身も荒れていた時期があるから。

 あの頃から佑李は家族とは全く違う容姿をしているし、それが原因でいじめられているのを知られていた。


「でも、俺はすぐに告白はできないな。美樹ちゃんに伝えたいよ」


 それを言うと肩をポンと叩かれた。


「がんばれよ」


 それだけだった。

 でも、佑李をみっちゃんが変えてくれたのかもしれないというのは確かだった。


「おばさん、帰ります。すみません」

「いいのよ! 昔みたいに泊まりに来てくれると嬉しいわ~」

「はい。どこかでまた」

「じゃあね」


 そう言ってすぐに帰っていったのが見えた。



 今日は授業がない日なのでゆっくりと朝飯を食べることにした。


 母さんがこっちに来て、水を持ってきてくれているのが見えたんだ。

 呆れたようた表情というのを見せているので、やっちまったなという気持ちが出てくる。


「まさか父さんみたいに下戸だったとは」

「そうね」


 父さんは単身赴任でカナダのバンクーバーに滞在して八年になる。

 俺がジュニアに上がってからすぐに行ったから、それくらいになるんだと考えている。


「カナダに行くの? 父さんとも話してたじゃない?」

「え、ああ」


 練習拠点は小学校卒業とノービスまでが東原ひがしはらスケートセンター、中高六年間が山都やまと学院のスケート部が提携している横浜のリンク、大学からはアイスアリーナのある聖橋せいきょう学院大学となっている。


 正直、スケートリンクが近くにあることがとても恵まれていることは知っている。

 それはいまもそうだし、自分が強化選手としてサポートが受けられている。


 そのなかで海外へ拠点を移すことも考えるスケーターもいるはずだ。


 でも、俺は行きたくなかった。


 次のミラノ・コルティナオリンピックまで残り約三年で拠点を移すことになる。


 いま置かれている練習環境でベストを出せていることが実感できている。


 リンクを併設している大学は東京だと聖橋学院大学だけだ。


 国内には愛知の愛知あいち名城めいじょう大学、関西の近畿きんき学園大学と大阪学園大学の三校。


 シングルで海外拠点の選手は十年前よりは減ったように思う。

 逆にカップル競技の選手たちが海外拠点の方が多い気がする。


「俺は行かないよ」

「そう」


 そう言ってグラスに入った水道水を口にした。

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