第6話 再会

 休憩を挟みながらの旅は、思っていたよりも快適でビルギット達には新鮮だった。ロルフとテオが野生の動物を仕留めて下処理をしてくれると、メイド二人が全員の料理を用意する。ロルフは王族護衛の赤薔薇騎士団だったが、火おこしが上手かった。その火で、出来るだけ豪華な食事を用意してくれる。休憩時人間の姿に戻った地龍のベネディクトも、美味しそうに食べてくれたのでヴェンデルガルトは安心した。

 以前南の国を訪れた道と同じのようだ。この道は川が流れているので、飲み水に困る事がない。それに、念のためにヴェンデルガルトが治癒魔法で水を綺麗にしてくれていた。


「少しずつ暑くなってきますね。木も、見た事ないものが増えてきました。それに、鳥や花が色鮮やかで綺麗です!」

 カリーナは、本来好奇心旺盛で肝が据わっている。不安に思う心より、興味の方が強くなってきたらしい。ここまで来た事がないビルギットも、花の蜜を吸う鳥を不思議そうに見つめていた。空の様な青に、真っ赤で派手な鳥だ。北の国では、見た事がない。

 寝そべっているテオの鼻に鮮やかな蝶が止まると、皆楽しげに笑った。この光景を見て、ヴェンデルガルトは三人が国を出た事を後悔していないとようやく分かり、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。



 そうして、龍はヴェンデルガルト一行をバーチュ王国に送り届けた。

「ヴェンデルガルト様だ!」

 国境の護衛をしていた南の兵が、眩しい金色の髪のヴェンデルガルトの姿を見つけると歓声を上げた。それが兵たちに伝わっていき、地龍を歓迎してくれた。

「お久しぶりです、ヴェンデルガルト様! もう、お会い出来ないかと思っていました」

「ああ、本当にヴェンデルガルト様だ!」

 先の戦でのヴェンデルガルトの活躍を知っている兵が沢山いるので、皆が籠から降りるヴェンデルガルトの手を取ろうと揉めだす。その様子に、ビルギットもカリーナも驚いた。ヴェンデルガルトが南の国でどう過ごしていたのか心配していたが、この様子を見れば大切にされていたのが分かる。


「もうすぐ、宮殿からお迎えが来ます。長い旅、お疲れ様でした」

 北側の国境監視をまとめる兵長が、前に出てヴェンデルガルト達に頭を下げた。ベネディクトも今は人間の姿になっていて、水を貰っていた。

「いいえ、地龍のお陰で随分と早く到着しました。どうぞ、これからよろしくお願いします」

 その兵長にヴェンデルガルトが頭を下げると、ビルギット達も後ろで頭を下げた。兵たちの姿も、バルシュミーデ皇国と全く違う。ロルフは、国を出る時に制服や支給されていたものを弟に渡してきた。彼が持っている剣はヴェンデルガルトに新しく買って貰った剣だし、服装も普通の下級貴族と変わらない格好をしていた。ビルギットやカリーナも同じだ。バルシュミーデ皇国のメイド服を着る事は、バルシュミーデ皇国に対して失礼だとヴェンデルガルトが着替えを用意させたのだ。


「兵長、来られました!」

 兵が慌ててテントへやって来た。慌てている様子に不思議そうになる一行だったが、その理由がすぐに分かった。

「ヴェンデルガルトちゃーん!」

 呼びかける声と共に、その声音とは違う逞しい身体に抱き締められた。そうして、高く抱き上げられた。南国の花の香油の香りだ。懐かしいこの声と香りは――。


「ツェーザル様!」

「夢みたいだわ、お帰りなさい」

 短めの銀髪を黒いターバンで巻いた、切れ長の灰色の瞳。優しい言葉使いだが、賢く王の才を身につけているバーチュ王国の第一王子。

「本当に……本当に、お久しぶりです! お元気そうで安心しました」


 アンゲラー王国の王女に操られてアロイスに斬りかかった第二王子を、容赦なく始末したその後悔を背負っていた痛ましい姿を見たのが最後だった。ヴェンデルガルトは、そんな彼の心配もしていた。

「大丈夫、元気よ。ヴェンデルガルトちゃんのおかげで、国は落ち着いたわ。それにしてもあたしの結婚式前でよかったわ。盛大に祝うから、今はゆっくりして楽しんでね――と、あの子たちはヴェンデルガルトちゃんと一緒に、これからここで暮らしてくれるのかしら?」

 ヴェンデルガルトとの再会に声を弾ませていたツェーザルだったが、ようやく後ろに控えているビルギット達に気が付いた。

「はい。ロルフ、ビルギット、カリーナです。そして、この子はテオです。アプトと言う人に慣れる魔獣です」

 ツェーザルに抱き締められたまま、ヴェンデルガルトは紹介をした。ロルフたちはツェーザルに視線を向けられると、丁寧にお辞儀をした。

「初めまして。あたしはツェーザル・ペヒ・ヴァイゼ。ヴェンデルガルトちゃんの婚約者の兄よ。もう、自分の国だと思って楽にしてね。ヴェンデルガルトちゃんの仲間は、あたし達の家族よ。これからよろしくね」

 賢いツェーザルは、ヴェンデルガルトが連れてきた人物なら安心できると確信していた。落ち着いたとはいえ、先の戦からそんなに経っていない。信用できない者が、まだ国に潜んでいるかもしれない。ヴェンデルガルトを護る強い意志を持っていそうな彼らなら、安心してヴェンデルガルトを護れる。その事が、ツェーザルには有難かった。

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