第7話 ひと時の安らぎ

「あの、アロイス様のお加減は……?」

 アロイスの性格上、彼が真っ先に迎えに来ると思っていた。もしかして具合が悪いのかと思い、ヴェンデルガルトは少し不安げな顔になった。

「大丈夫よ。ほら、あの龍の水の中に入っていたでしょ? 少し、身体が元に戻るまで時間がかかっているみたい。駱駝に乗っても落ちそうになるから、あたしが来たの。ま、それがなくてもあたしが絶対に来るつもりだったわ。アロイスがヴェンデルガルトちゃんにべったりするのは分かっているから、独り締め出来るのは今だけだもの」

 本気なのか冗談なのか、ツェーザルの言葉にロルフたちは困惑した表情になった。

「ベネディクト様、ヴェンデルガルトを無事届けてくださり感謝しています。これから宮殿に戻りますが、一緒に来てお休みされますか?」

「いや、有難い申し出だが今回は国に急いで戻ることになっています。もうしばらく休んでから、レーヴェニヒ王国に帰ります――水龍のヘートヴィヒは、まだここに残っていますか?」

「ヴェンデルガルトが無事に到着したと、あなたと交信していたのかしら? 私がここに来るときに、国に戻ると仰られていました」


 その時、甲高い声が聞こえた。上空を見ると、水色の龍が羽ばたいて空にとどまっていた。

「噂をすれば――ですね。では、彼女と一緒に戻ります。ヴェンデルガルト様、どうぞお幸せに――レーヴェニヒ王国国王のラファエル様より、そう言付かっておりました」

 ラファエルーー二百年前、ビルギットと三人で仲良く暮らしていた龍の生まれ変わりだ。自分の幸せを願ってくれているかつての友に、ヴェンデルガルトは微笑んだ。

「有難うございます。ラファエル様も、どうぞお元気で――そう、お伝えください。ヴェンデルガルトは、幸せに暮らします、と」

「分かりました」

 ベネディクトは、ヴェンデルガルトに深々と頭を下げた。そうして広いところに行き、龍の姿に戻った。一度こちらを見てから、大きく羽ばたいて空に上がり水龍と並んだ。地龍と水龍は彼らに別れを言うかのように二度ほど空を周ってから、北東に向かい飛んで行った。


「荷物は荷台に乗せて頂戴。ロルフは、馬に乗れるから駱駝も乗れるわね? ヴェンデルガルトちゃんは私の駱駝に乗ってね。あと――」

「あの、私はテオに乗ります。ビルギットはロルフの駱駝に乗ってください」

 カリーナが、驚くようなことを言い出した。「え?」と、ヴェンデルガルトが少し間の抜けた声を零した。

「あの……時々、カリーナはテオに乗って遊んでいたので乗り慣れています。せめて人のいないところで乗りなさい、と黙認していました」

 ビルギットが申し訳なさそうに言うと、カリーナは荷物の中からテオ用のくら手綱たづなを取り出す。

「あ、これは私がバルシュミーデ皇国の皇帝にご褒美で頂いたお金で作って頂いたので、ご安心ください!」

 テオにそれらを付けながら、カリーナは慌ててヴェンデルガルトにそう言った。ヴェンデルガルトを抱き締めていたツェーザルが、思わず吹き出して笑った。


「あはは、さすがヴェンデルガルトちゃんの連れだわ! 北の国の女性はおしとやかって聞いたけど、お転婆ちゃんもいるのね。砂を走るから、落ちないで付いてきてね」

「了解しました!」

 ロルフで見慣れた敬礼をするカリーナに、ビルギットは赤い顔をして頭を下げた。ロルフも「すみません」と小さく謝る。


 荷物を駱駝が引く荷台に乗せて、ツェーザルは豪華な飾りがついた駱駝に乗った。そうして、ヴェンデルガルトを抱き上げるように乗せた。

「どう? 走れそうかしら、ロルフ」

「はい、馬と少し感触が違いますが――大丈夫そうです」

 慣れるために少し歩かしてから、ロルフはツェーザルに返事をした。そうして、ビルギットを乗せる。

「ここからそう遠くないから、大丈夫だと思うわ。さあ、暗くなる前に宮殿に帰りましょう」

 北側の監視の建物の外に出ると、ツェーザルの護衛の兵たちが待っていた。彼らも、久しぶりに見るヴェンデルガルトに歓声を上げた。


 駱駝を走らせながら、ヴェンデルガルトはバルシュミーデ皇国の話をした。ツェーザルはヴェンデルガルトが毒の被害にあったことをひどく驚いたが、すっかり良くなっていることに安堵した。ツェーザルも、ハーレムを解体した事やバルドゥル第二王子を擁護していた者の処刑をして国を立て直した話をした。

「あの戦は、大切なものをなくしたのかもしれないけれど――最後には、大事な弟とその婚約者を返してくれたわ。でも、少しだけ――宮殿に帰るまでは、あたしの腕の中にいて頂戴。あたしの、叶わなかった初恋が、溶けてなくなるまでは」

 そう小さく言うと、ツェーザルはヴェンデルガルトの柔らかな髪に頬を寄せた。小さな頃から婚約者が決まっていたツェーザルの初恋は叶わなかったが、傍で見守り――弟に任せられることに感謝していた。

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