第5話 バルシュミーデ皇国から離れて

 夜遅く。最低限の必要なものを持ったヴェンデルガルトとロルフ、ビルギットとカリーナはレーヴェニヒ王国の龍を待っていた。アロイスは一足先に、バーチュ王国最初の王妃だった水龍のヘートヴィヒが南の国に送り届けているという。

 この場には、四人しかいない。あとは、ヴェンデルガルトが可愛がっているテオだ。ジークハルトから貰った、大切なヴェンデルガルトの家族だ。テオは何が起こるのか分かっておらず、しかし大人しく座っている。このテオをヴェンデルガルトに送ったジークハルトの姿は、ここにはなかった。別れがたい、とジークハルトは立ち会う事を諦めた。他の薔薇騎士団長にも知られずに、秘かに用意してこの夜を迎えた。


 バサ、バサ。


 大きな羽ばたきが聞こえた。その音にヴェンデルガルト達が空を見上げると、夜の空から一人の男が降ってきた。空の上で龍から人間の姿に変わったのだろう。ヴェンデルガルトは会った事がない、知らない龍だった。

「ヴェンデルガルト様ですね? 私はあなたをバーチュ王国に送り届ける命を受けた、地龍のベネディクトです」

 男は怪我をする事なく着地して、金の髪を隠すようにヴェールを被ったヴェンデルガルトに声をかけた。薄い茶色の髪に赤い目の男だ。

「はい、そうです。私と一緒に行く者と持ち物はこれだけです」

「分かりました、再び龍の姿になり籠を首から下げます。そちらに乗ってください。落ちないように籠が深くなっていますので、お気を付けて」

 ベネディクトはヴェンデルガルトから少し離れて、龍語で何かを呟いた。すると、茶色い大きな龍の姿になる。間近で龍の姿を初めて見たロルフとカリーナは、驚いて声を上げないように慌てて口を押えた。テオも驚いて声を上げようとするが、ビルギットがその口を押さえた。地龍の首に、人間が二十人ほど乗っても余裕がありそうな籠がぶら下がっている。龍は籠が低くなるように、首を地面に近付けた。

 するとロルフが率先して、荷物を手際よく籠に運ぶ。ビルギットとカリーナも手伝った。時間がかかれば、城の中の者に知られてしまう。荷物は本当に必要なものしか準備しなかったので、そう多くはない。運び込むと、四人とテオは籠に乗り込んだ。


『では、飛びます。お気を付けて』

 脳に直接語りかけるような声に「はい」とヴェンデルガルトは答えた。龍は体を起こして、羽を広げると空に飛び上がった。ヴェンデルガルトとビルギットは龍に乗った事があるのでそう驚かないが、ロルフとカリーナは腰を抜かしそうだった。テオの白い毛が、風になびいていた。


『馬だと七日ほどかかりますが、龍だと二日程で辿り着きます。籠は広いので、自由にお休みください。何度か休憩も致しますので、ご安心を』

「すごい、空がこんなにも近いです!」

 ようやく感覚に慣れたのか、カリーナが吹く風に気持ちよさそうな顔になって空を指差した。ロルフも初めての体験に、カリーナと並んで広がる景色を眺めていた。ビルギットは、どこか懐かしそうな顔をしている。


 もうすぐ、アロイス様に会える……!


 ヴェールを取ったヴェンデルガルトも、金の髪を風になびかせて夜の空を見ていた。龍と生活して『国』から離れた生活には慣れていた。ヴェンデルガルトの胸を占めているのは、アロイスの事ばかりだ。彼の花嫁になる為に、南へと向かう。まるで、夢のようだ。


「南の花嫁衣装は、どんな感じなのでしょう? どんな衣装でも、ヴェンデルガルト様にはよくお似合いになるでしょうね」

 ヴェンデルガルトの胸の内を理解しているビルギットは、そう言って微笑んだ。知らぬ土地に行くのは、ビルギットにとって不安もある。しかし、幼い頃から大切にお世話をしてきたヴェンデルガルトの傍を離れる気はなかった。どんなに辛くても、馴染もうとビルギットは決意していたのだ。

「アロイス様は、どのような方なんでしょう。私達、お会いした事もお姿を見た事ないわ」

 カリーナの言葉に、ロルフも頷いた。ビルギットは、目の前でヴェンデルガルトを攫った男を思い出した。出会いは最悪だったが、南の国に行きヴェンデルガルトが彼に夢中になった事でそれは些細な事だと思う事にしていた。

「よく鍛えられた褐色の肌の方ですね。ギルベルト様とよく似た髪の色に、赤い瞳ですよ」

 ビルギットの言葉に、二人は頷く。

「第二王子は先の戦でなくなったけど、第一王子のツェーザル様もとても良い人よ。私の予想だけど、きっとカリーナと仲良くなると思うわ。楽しみにしていて。春に結婚すると言っていたけど、もう終わってしまったのかしら」


 確か、彼はこの春に政略結婚するはずだ。お互いが納得した結婚だと言っていた。それに――ヴェンデルガルトは誰にも言っていないが、ツェーザル王子は心の底ではヴェンデルガルトに惹かれているという言葉を口にしていた。もう会わないと思っていたが、どのような顔で会えばいいのかと少し頬を染めた。

「気が合いそうなのに、結婚相手のお方がいらっしゃるんですね。残念です」

 そう言うと、カリーナは笑った。彼女も、知らぬ土地には少し不安を抱いているのだろう。ヴェンデルガルトが気にしないように、ニコニコと笑っていた。


「休むと言っても、皆で雑魚寝は――駄目ですね」

 唯一の男性であるロルフが、少し困った様に笑った。主であり、女性三人と並んで寝るべきではないと、肩を竦めた。

「いいじゃない、こんな体験はこれで最後かもしれないわ。一緒に寝ましょう」

「ヴェンデルガルト様を挟んで私達が横になってテオを挟むから、ロルフも気にせず休んだ方がいいわ」

 メイド二人の言葉に、ヴェンデルガルトも頷いた。「光栄です」と、ロルフは笑った。


 もう、バルシュミーデ皇国は遠くなって微かに見える。国が見えなくなってから、四人は広い籠に横になって寝た。テオも並んで眠れることに機嫌がよい。

 龍の首に居るので、安心して皆眠る事が出来た。

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