第二話 僕の視点

目を開く。


白い天井が見える。


僕はベッドの上で仰向けになっており、頭部にはヘルメットのようなものが被せられ、金属製の大層なゴーグルを装着している。


「おや、目が覚めましたか」

声の主は、白衣を纏った男性。この施設の長だ。


「ああ、そうだ。僕は幻を見ていたんだった」


「初回は皆さん戸惑われるんです。君、お客様の装置を外してあげなさい」

彼は助手らしき若者に、装置の解除を指示する。とは言っても、ヘルメットとゴーグルを外すだけの簡単な作業。


「気分はいかがですか?」


「何というか、とんだ刺激的な体験でしたよ」


「そうですか、どんなビジョンだったか、詳しくお聞かせ願えますか?」


「ええっと、今思い出すので、少し待ってもらえますか」

夢を見た後の寝起きの感覚。覚えているようで、思い出すのが難しい。


「ゆっくりでいいですよ。こちらも正確なデータを取りたいですからね」


「それは、どうも」


僕は、何が幸せかわからなくなった。


そして、作りものでもいいから、幸せを感じられる体験がしたい、と思った。


それで、この、幸福体験プログラムを受けることに決めた。


今僕が身につけている幸福体験装置「ペンデュラム」を使ってひとたび眠りに落ちれば、深層心理から己の思い描く理想の幸せを引き出し、それを体験できる。見て、触れて、聞いて、嗅いで、味わい、それらの記憶を保持してこちらの世界に戻り、反芻する。


体験といっても、具体的なパッケージがあるわけではなく、何を見るかは被験者次第。


「たった今、鮮明に思い出しました」


「では、お聞かせください」


「僕は家族と車に乗っていました。それから……」

僕は、体験した全てを、漏れなく、男に伝えた。





「そうでしたか。なるほど、そう単純な幸せとはいかなかったわけですね」


「はい。ここには、金持ちになるだとか、有名になるだとか、偉業を成し遂げるだとか、わかりやすい幸せを体験したくて来る人が多いと聞きました。僕も例に漏れず、そのような目的で来たつもりではいました。まさか、こんな凄惨な体験をすることで、何気ない日常の幸せが浮き彫りになるだなんて。思いもよらなかったです」


「何とも捻くれたプログラムが構築されてしまったみたいですね。こんなケースは当施設としては初めてです。もし、ご満足いただけていない場合は、お代は結構ですので」


「いや、しっかり払わせてもらうよ。むしろ礼を言いたいくらいだ。ありがとう、これで僕の目指すべき場所が見えたよ」


「そう仰っていただけて、ありがたい限りです。では、恐れ入りますが、受付で会計をお願いいたします。気をつけてお帰りくださいませ」

僕は、部屋を後にした。





「お会計は、二万円でございます」


「じゃあ、これで」

二万円でこの体験。人によるかもしれないが、僕としては破格の値段設定だ。得るものが、あまりに大きかった。


「二万円ちょうど、確かにお預かりいたしました。もしまたのご利用をお考えなら、半年以上の間隔を空けてくださいね。でないと、同意書にも記載していた通り、現実と理想の世界が混同してしまって、人格が崩壊する可能性がありますので」


「そうだなぁ、自分は何を求めているのか、心境の変化を知るためにも、定期的に来るのは良いかもしれないですね。今、次回の予約をすることはできますか?」


「もちろんでございます」


「じゃあ、ちょうど半年後で予約を頼みたいのですが」


「かしこまりました。ではこちらのお日にちで、お待ちしております。気に入っていただけて、光栄です」


「こちらこそ、素敵な体験をありがとうございます。次回も楽しみにしています。では」

僕は予約票を受け取り、施設を後にした。


(第三話に続く)

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