第8話 どうやってスイカを食べる?🍉

 大阪府に住まいを構える山田家。


 今日もここで摩訶不思議生物であるキャベツの妖精たちは、ひよこ生を謳歌していた。

 

 リビングの窓際、日当たりのいい場所。


 彼らはそこにある黒ゴマ色ソファーの上で、とうもろこし色のモフモフふわふわボディーを寄せ合い座っている。


 右から頭に1本の毛を生やす長男のぴよ太、2本の毛を生やす次男ぴよ郎、3本の毛を生やす三男ぴよ助の順に。


 いつもなら。


 だが、今日は1階のダイニングテーブルの下にいた。


 理由は「3時のおやつに食べてね」と山田夫妻に言われた夏の風物詩と言っても過言ではない物。


 縦縞模様をしており、清涼感のあるシャリっとした歯触りに。

 頬張れば口いっぱいに広がる甘い果汁の果物、いや、野菜。


 そうスイカ。


 3匹は初めて目にする自分より大きくまん丸なスイカに夢中となっていたのだ。


「これどうやって食べるぺよ? ぺよ! 硬いぺよ……」


 直径15cmのスイカを前にして、ひょこひょこと動き頭に生えた3本の毛を揺らすのは、甘えて泣き虫な三男坊のぴよ助。


 初めて見るスイカをどうにかして食べる為に、嘴で突いたり、ちょこんと出したオレンジ色の手でぺたぺたと触っている。

 

「それじゃ、食べられないと思うぺよよ?」と言うのは、頭が良く要領の良い次男ぴよ郎。


「じゃあ、どうしたらいいぺよ? このままだとおやつの時間過ぎちゃうぺよ!」


 時刻は14時00分。

 ひよこたちが住まう山田家のおやつタイムは、15時ぴったり。


 その時間を過ぎてしまうと小さなひよこたちは、お腹が減らなくなってしまい、夫妻が用意した夕飯を食べられなくなってしまうのだ。


「ちょっと待っててぺよ! うーんぺよ……砂浜の上で水着になって固い木の棒で殴ってる動画がいっぱいぺよ……これじゃ、なんの参考にもならないぺよー」


 焦るぴよ助の言葉を受けて、ぴよ郎がソファーに立て掛けたスマホでスイカの食べる方法を検索する。

 

 だが、残念なことに表示されるのは、自分たちの大きさより何倍もある人間たちが海で目を隠しその場で回転してから砂浜の上に置かれたスイカを割るといった動画ばかりだ。


 何の参考にもならない。


「ぺよぺよ。木の棒とかないぺよ……困ったぺよね……」


 困り果てているぴよ郎の左隣からスマホを覗き込んでいるのは、しっかり者で優しい長男ぴよ太。 検索結果の中から、自分たちにあったものがないか吟味している。


「あ、これとかどうぺよ?」


 ぴよ太の指差す箇所には【力を使わないスイカの割り方】という動画があった。

 

 動画の概要欄には、非力な子供でもスイカを割ることができますと書かれており、その方法なども載っている。


「ぺよー! 良さそうぺよ!」


 食い入るようにぴよ郎もスマホを見る。


「ぺよぺよ! よさげぺよ?」


「ぺよ!」


 盛り上がる2匹に釣られてスイカに夢中となっていたぴよ助もその間に割り込んだ。


「ぺよ? どんなやつぺよ? ぴょちゃんも見たいぺよ!」


「まだ、動画は再生していないぺよよ!」


「なんでしてないぺよ?」


 ぴよ助は上目づかいでぴよ太を見る。


「だって、皆で試した方が楽しいからぺよ!」


「ぺよー! ぴよ太、冴えているぺよ! 自分で試さないと楽しくないぺよ!」


「ぺよぺよ! ぴよ太はよくわかっているぺよ! ぴよちゃんの次に偉いぺよ!」


 次男、ぴよ郎が嬉しそうに頭の毛を揺らすと、右側でその様子を見ていたぴよ助が同じように頭の毛を揺らす。


 こうして、答えが纏まった彼らは、動画の概要欄に書かれた手順と必要な材料を用意することにした。


 まず初めに用意したのは、フローリングを汚さない用意必要不可欠なブルーシート。


 動画を見てないひよこたちは、顔を見合わせながらも見事な連携プレーで玄関に繋がる引き戸を開け。


 シューズボックスを開き、リビングテーブル下まで運んでいく。


 先陣の切るぴよ郎が足を止め、振り向いた。


「ぴよ太、どうしてスイカを割るのにブルーシートがいるぺよ?」


 反射的にここまで、ブルーシートを運んできたが、スイカを割ることにブルーシートが必要と紐づけることができないでいた。


 この疑問はぴよ郎だけでなく、ぴよ太も抱えていたようだ。


 ぴよ郎の言葉に考える素振りを見せた。


「ぺよぺよ、不思議なことだけど、概要欄に必ず用意する物って載ってあったぺよ」


「必ずぺよか……気になるぺよー! けど、今、動画見ちゃったらワクワクも半減しちゃうぺよね……」


「ぺよ! ぴよちゃんも気になるけど、そう思って我慢したぺよ。皆で体験した方が楽しいぺよからね」


「ぴよ太の言う通りぺよ。本当はものすごーく知りたいぺよ。けど、ぴよちゃんも我慢するぺよ!」


 どうやっても紐づけることのできない、ブルーシートの存在が気掛かりになりながらも、ワクワクを共有することを優先した上2匹。


 対して、ぴよ太の右隣にいる三男のぴよ助は、全員で同じことを取り組めていることが嬉しくて仕方ない様子だ。


 掴んだブルーシートをバサバサと上下に揺らして遊んでいる。


 もうその頭には、スイカのスの字すらない。


「ぺよー! なんかよくわかんないけどぺよ……ぴよちゃんは皆で遊べて嬉しいぺよ!」


「ぴよ助、これは遊びじゃないぺよよ? ぴよちゃんたちのおやつが掛かった大事な実験ぺよ」


 遊びと言うぴよ助に対して、ぴよ郎は実験と言い張る。


 そんな2匹に戸惑いながらも、当初の目的であった皆でスイカを食べることを説明した。


「ぺ、ぺよ……ぴよ郎。実験でもないぺよよ? 確かに楽しくって言ったぺよ。けど、それは皆で美味しいスイカを食べる為ぺよ」


 「ぺよ! そうだったぺよね! ぴよちゃんたちの美味しいスイカの為に頑張るぺよ!」


「ぴよちゃんは、初めからそのつもりだったぺよ! わ、忘れてなんかないぺよ」


 ぴよ助は、目的を忘れていたことが恥ずかしいようで顔をほんのりいちご色に染めて下を向いている。


 そんな三男坊の扱いに慣れているぴよ太は、優しく頭を撫でた。

 

「ぺよぺよ。わかっているぺよ。ぴよ助はちゃんと言われたことを忘れず出来る子ぺよ」


「ぺよー! ぴよちゃんは出来る子ぺよ!」


 ぴよ助は褒められたことで笑顔を弾けさせる。


「ぺよ! じゃ、引き続き準備をするぺよよ」


 ぴよ太の号令に姿勢を正し応じるぴよ郎。


「ラジャぺよ!」


 ぴよ助も見様見真似で続いた。


「ぺよ! ぴよちゃんもラジャぺよ!」


「2人ともいい返事ぺよ! あとは、ハンドタオルと輪ゴムぺよね。ハンドタオルは2階の物干し竿に掛けてあるから、ぴよ郎とぴよ助が協力して取りに行ってほしいぺよ。輪ゴムはぴよちゃんが脚立を使って、キッチンの引き出しから取ってくるので、任せてほしいぺよ! それでおっけーぺよか?」


「「おっけーぺよー!」」


 声を揃えて返事をするぴよ郎とぴよ助。


「ぺよ! じゃ、レッツぺよー!」


「「ぺよー!」」


 

 

 ☆☆☆

 


 

 「ぺよ! これで必要な物は揃ったぺよね!」


 自信満々で腕を組んでいるぴよ太の前にはピクニック用のブルーシート、その上にスイカ、それを取り囲むようにハンドタオルが置かれており、一番手前には今回の実験……ではなく、割る方法に欠かせない大量の輪ゴムがある。


 スイカを割る手順はとてもシンプル。目の前にある輪ゴムをひたすら嵌めていくだけ。


「じゃあ……いくぺよ」


「「ぺよ」」

 

 こうして、彼らは交代交代で輪ゴムを嵌めていった。



 

 ☆☆☆

 


 スイカが変形し始めた時、時計は15時10分を指していた。


 とうとうその時が来た。


 スイカからは、赤く甘い香りのする果汁が漏れ出しており、もういつ割れてもおかしくはない状態となっている。


「そう言えばぺよ……これって、割れる時どうなるぺよ? なんか爆発しそうで怖いぺよ」


 ぴよ助が言う。


 その言葉に顔を見合わせる上2匹。


 「「わわっ! 本当ぺよ! やばいぺよー!」」


 声を揃えてその場で慌てふためく。


 だが、時はすでに遅し。

 


 ――バチン! という音が響いた瞬間。

 


 爆発し、赤い果汁を。果肉を。飛び散らせるスイカ。



 それを目で追うひよこたち。



 時を同じくして、玄関の扉も開く。

 


 ――ガチャ。



「ただいまー! 今日は早く帰ってきたよー!」



 聞き慣れた声にひよこたちはすぐさま状況を把握し顔面蒼白となった。


「「「ママさんぺよー! 怒られるぺよー!」」」


 そう帰ってきてしまったのだ。


 彼らの飼い主の1人である山田夫妻の妻である麻里が。


 彼女はスマホを使いこなすイマドキの妖精とはいえ、彼らの何倍もあるスイカに手こずっているに違いないと思い、フレックスを利用して早く着いてしまったのである。


 そこからは怒られるかも知れないということでパニック状態となり、スイカまみれで走り回るとうもろこし色からオレンジ色となったひよこたち。


 それを落ち着かせる為に、スイカまみれになりながら奮闘する麻里の姿が見られましたとさ。


 ぺよぺよ。


 

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