第2話 美咲の秘密
美咲から返信がないまま、数日が過ぎ去った。悠介は自分の感情を整理しようと努めていたが、どうしても彼女への思いが消えることはなかった。
「やっぱり、美咲さんに会って直接話がしたい。」
悠介はそう決意する。美咲が嘘をついた理由を知りたかった。そして、彼女の本当の姿を見たかった。メールだけでは、真実はわからない。
「美咲さん、私はあなたに会いたいと思います。直接話がしたいんです。」
そう切り出すと、しばらくして美咲から返事が届いた。
「わかりました。では、今度の日曜日の午後、東京駅近くのカフェで会いましょう。そこで、私の秘密をお話しします。」
その提案に、悠介は心臓が高鳴るのを感じた。ようやく、美咲との直接の対面が叶う。真実を知るとき、二人の関係はどう変わるのだろう。期待と不安が入り混じる中、悠介は日曜日を待つことにした。
◇ 初めての出会い
約束の日曜日。悠介は落ち着かない気持ちで、カフェに向かっていた。
「どんな人なんだろう...。」
想像を巡らせながら、店内に一歩踏み入れる。すると、窓際の席で手を振る女性の姿が目に入った。
「悠介さん、こちらです。」
美咲は、想像していたよりも飾り気のない、清楚な雰囲気の女性だった。長い黒髪に、大きな瞳。少し緊張した様子で、悠介を見つめている。
「美咲さん、はじめまして。私は佐藤悠介です。」
「佐々木美咲です。お会いできて嬉しいです。」
二人は笑顔で握手を交わした。最初はぎこちない空気が流れるが、徐々に打ち解けていく。
「メールではいつも明るくて楽しそうな美咲さんですが、実際はちょっと内気なんですね。」
「そうなんです。人見知りが激しくて...。でも、悠介さんとは不思議と気が合うような気がしました。」
会話が弾む中で、悠介は改めて美咲の印象を観察していた。飾らない物腰に、優しい口調。彼女は悠介が想像していた通りの、心優しい女性だった。
「美咲さん、あなたが宇宙飛行士になりたいと言っていたのは本当なんですか?」
そう切り出すと、美咲の表情が一瞬曇った。
美咲は深く息を吸い込み、真実を語り始める。
悠介は緊張した面持ちで、彼女の言葉に耳を傾けた。カフェの喧騒が遠のいていくようだった。
◇ 美咲の秘密
「実は私、余命宣告を受けているの。」
美咲の言葉に、悠介は目を見開いた。
「余命宣告...?どういうことですか?」
「突然なんだけど、私は癌なの。もう治療の効果も期待できなくて...。残された時間は、半年から1年だって言われているの。」
美咲は悲しそうに微笑む。悠介は言葉を失い、ただ彼女を見つめることしかできない。
「宇宙飛行士になりたいのは本当。でも、叶えることができない夢なの。」
美咲の瞳は、真っ直ぐに悠介を捉えている。
「この半年間、私は精一杯生きようと思っているの。そして、最後のエイプリルフールを迎えられたら...なんて思っていたわ。」
「美咲さん...。」
悠介は彼女の手を握りしめた。温かくて、儚い感触。
「あなたに、私が宇宙飛行士になって訓練を受けているような嘘をついたこと、許してほしい。」
美咲は涙を浮かべて言う。
「美咲さん、あなたの夢を精一杯、私に語ってくれました。だから、私はあなたを全力で支えたいと思いました。」
「悠介さん...ありがとう。」
美咲は悠介の胸の中で、小さく頷いた。
彼女の秘密を知った今、悠介には彼女を愛おしく感じずにはいられない。心の底から向き合おうとしていた。
◇ 深まる絆
残された時間が少ないからこそ、彼女との時間を大切にしようと心に誓った。
「美咲さん、これから一緒に思い出を作りましょう。私にできることは何でもします。」
そう告げると、美咲は嬉しそうに微笑んだ。
「悠介さん、ありがとう。私も、残された時間を精一杯楽しみたいわ。」
その日から、二人は休日を見つけては出かけるようになった。公園を散歩したり、美術館に行ったり。何気ない日常を、特別な思い出に変えていく。
「悠介さん、こんなに楽しいなんて、久しぶりだわ。」
「私も美咲さんと一緒なら、どこに行っても楽しいです。」
笑顔を交わしながら、二人の距離はどんどん近づいていく。
ある日、美咲から思いがけない提案があった。
「悠介さん、私の故郷に一緒に帰ってくれませんか?両親にあなたを紹介したいの。」
「美咲さんのご両親に...?私なんかで大丈夫ですか ?」
「大丈夫よ。悠介さんなら、きっと喜んでくれるわ。」
美咲に背中を押された悠介は、彼女の故郷を訪れることになった。
田舎町の駅で二人を出迎えたのは、優しそうな笑顔の老夫婦だった。
「美咲、元気そうでよかった。彼が悠介君かい?」
「はい、お父さん。彼が、私の大切な人よ。」
美咲に紹介された悠介は、頭を下げる。
「お初にお目にかかります。娘さんには、大変お世話になっております。」
「私たちこそ、美咲のことを支えてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。」
笑顔で話す両親を見て、悠介は胸が熱くなるのを感じた。美咲との絆は、確実に深まっている。彼女の残された時間が、かけがえのないものになることを、悠介は心の底から願っていた。
◇ 共に過ごす日々
美咲の実家を訪れた後、二人の関係はさらに深まっていった。
「悠介さん、私の残された時間は短いけど、あなたと過ごす一日一日は、かけがえのないものになっているわ。」
「美咲さん、私もあなたと一緒にいられることが、何より幸せです。」
微笑み合う二人。悠介は美咲の幸せを何よりも願い、彼女のためならどんなことでもしようと思っていた。
「ねえ、悠介さん。私、もう一度だけ嘘をついてもいいかな。」
ある日、美咲がそう切り出した。
「嘘...?どんな嘘ですか?」
「明日から私とあなたが一緒に宇宙飛行士になるという嘘。二人で宇宙旅行に行くの。」
そう言って、美咲は悠介の手を握る。
「宇宙旅行、楽しみですね。二人で、どこまでも行きましょう。」
悠介も微笑んで、美咲の手を握り返した。
現実は厳しくても、二人の心は自由に宇宙を旅することができる。
「悠介さん、私が宇宙飛行士だったら、色々な星からあなたにメールを送るわ。」
「私も、美咲さんに色々な星からメールを送りますね。」
空想の中で紡がれる、特別な思い出。
病室のベッドの上でも、美咲の表情は明るかった。
「悠介さん、私、今は火星に来ているの。あなたも一緒に来てくれる?」
「もちろんです。美咲さんのいる場所なら、どこへでも行きます。」
二人で手を繋ぎ、想像の世界を旅する。
大切な人と過ごす時間は、一瞬一瞬がかけがえのないものになっていた。
現実は非情でも、心の中では、どこまでも自由に飛んでいける。
悠介は美咲との日々が、永遠に続けばいいのにと願わずにはいられなかった。
◇ 真実の価値
美咲との日々を過ごす中で、悠介は彼女との出会いが、いかに自分の人生を変えたかを実感していた。
「美咲さん、あなたと出会えたことが、私の人生で一番の幸せです。」
ある日、そう告げると、美咲は穏やかな表情で微笑んだ。
「悠介さん、私もあなたと出会えて本当によかった。でも、私たちの出会いはエイプリルフールの嘘から始まったのよね。」
「確かに、そうですね。美咲さんの宇宙飛行士の嘘がなければ、会いに行こうと思わなかったかも知れません。」
「そうね。あの嘘は、私たちにとって特別な意味を持っているわ。」
美咲は悠介の手を握りしめる。
「悠介さん、私はあんな嘘をついたことを後悔していないわ。だって、その嘘が、あなたとの出会いにつながったから。」
「美咲さん...。」
悠介は美咲を見つめ、頷いた。
「私も、あの嘘に感謝しています。美咲さんとの出会いは、私の人生で一番大切な真実だから。」
「悠介さん、私はあなたに嘘をついて良かった。心から、そう思うわ。」
美咲の瞳は、愛する人を見つめるような優しさに満ちている。
エイプリルフールの嘘から始まった奇跡のような出会いが、二人に本当の意味での真実の価値を教えてくれた。
残された時間が少ないからこそ、悠介と美咲は真実の絆を深め合おうとしていた。
どんなに厳しい現実が待ち受けていても、心を一つにする二人には、乗り越えられない困難はないと信じていた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます