第19話 前世の味

 「えっと、改めまして、ダン男爵が長女アリア•ダン。もう一つの名前は寺田愛奈ですっ」

 「てら、だ、まな?」

 ピンクの髪を不安気に揺らしながら上目遣いに私を見上げたアリア嬢に私の息が詰まる。

 何か言いづらい時や不安な時、横揺れに上半身を揺らしながらチラチラと見上げてくる表情が懐かしい姿に被る。

 「愛奈……」

 「えっと…ま、マルグリッドさま?」

 えへへと笑うアリア嬢に涙が込み上げてくる。

 「愛奈、私……アンタの、オカンや……」

 「な、な、な、な、な、なんですとー?!」

 アリア嬢の素っ頓狂な声が教室にこだました。


 機転を効かせたユーリさまが詳しい話をしようと放課後ランドール家のタウンハウスに連れてきてくれた。

 人払いをし、遮音の魔道具を使用して応接室にユーリさまと並んで座る、テーブルを挟んだ向かい側にアリアが座った。

 「本当にマルグリッドさまがママなんだ……」

 前世の記憶を擦り合わせてお互いを確認する、アリアは少し潤んだ瞳で私をジッと見た。

 「あ、あの、こんなこと聞いたら失礼なのはわかってるんですけど、マルグリッドさまは何でランドールさまと婚約を?」

 言いづらいのか体を横に揺らしながら聞く姿はすごく可愛い、可愛いが。

 「淑女が体を揺すら

ない」

 ピシャリと言えば「ひぇっ」と背筋を伸ばしたアリアについ笑ってしまいそうになる。

 「何でって、ユーリさまがすっごい好きだから?」

 「うわ、聞きたいけどなんか聞きたくない」

 「自分から聞いといて何やの」

 「まあママ前世からアルフォンス嫌いやもんね」

 「アルフォンス殿下」

 「はいっアルフォンス殿下、嫌いでしたよねぇ」

 「不敬だからやめなさいって」

 そんな私とアリアのやり取りにクスクスとユーリさまが笑う。

 そんなユーリさまを見たアリアはにまにまと笑い出す。

 「なるほどねぇ、ママが好きなタイプだよねえ」

 「そうなの?」

 ユーリさまが食いついた。

 身を乗り出すようなユーリさまにアリアがふふんと鼻を鳴らす。

 「そうなの!ママはねおひさまみたいな人が好きなんですよ」

 「おひさまみたいな……じゃあ君の前世の父君も?」

 「おらんよ」「いませんよ」

 ユーリさまの質問に私とアリアの声が重なった。

 「え?じゃあ一人で……」

 「ちゃいます」

 「んん?」

 「あっと、ママは私のお母さんのお姉さんになるんです」

 話して良いのかとアリアが私を見るので私はそれに頷いた。

 「私が小さい頃に私のお母さんとお父さんは事故で亡くなりました、その後お母さんの姉であるママが私を引き取ってくれて、お煎餅喉に詰まらせるまで私と二人で生きてましたから……ランドールさまと幸せそうにしてるママを見てると嬉しいんです、だってきっと私のせいでたくさん諦めた事があったはずだから」

 私は居ても立っても居られなくなり今にも泣き出しそうなアリアの隣に座り背中を撫でた。

 「それなのに、お煎餅が死因って何?本当ママはさ……」

 「それはなんや、ごめんな」

 瞳を潤ませて見上げてくるアリアに鼻の奥がツンと痛む。

 会話が途切れた瞬間に、ふと気になったことを聞く。

 「アリアは、アルフォンス殿下と、その……」

 「え、無理」

 「ふ、ふふ、無理なんだ?」

 ユーリさまが楽しそうに笑う。

 「いやいやいや、無理でしょう、俺様我儘彼氏なんて二次元で自分に害がないから良いだけでリアルだと無理以外ありませんよ?」

 アリアが真っ青な顔で話す。

 「大体ゲームだとAクラスなんですよ、彼。なのに実際はアレじゃないですか、本当に顔だけ……ゲフンゲフン」

 まあまあ言いたいことはわかる。

 「他の攻略対象にしても婚約者が居る方はないですし、慰謝料請求されたらお義父さまに迷惑しかかからないわ、浮気するって一線を越えちゃえるわけだからずっと心配してなきゃいけない」

 「心配?」

 「浮気される心配」

 ああ、と私とユーリさまが納得する。

 「私、聖女になりたいんですよね、ゲームじゃわかんなかったけどお義父さま、ダン男爵はとても良い人なんです」

 「そう、安心した」

 私がホッと息を吐き、アリアがへへと笑う。

 「とりあえず、たこ焼き器の話をしませんか!」

 パンっと手を叩いたアリアが眩しい笑顔を見せた。

 あ、タイトル学園で見た笑顔や!

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