第8話 王宮主催お茶会にて

 子どもの目にも鮮やかな庭園は色とりどりの薔薇が咲き乱れ、華やかな香りを放っている。

 広々とした庭にいくつものガーデンテーブル、白いクロスをかけた長テーブルには様々なデザートが所狭しとならぶ。

 既に茶会には沢山の貴族子息女が揃っていた、パタパタと小走りに駆け寄って来たのはガレインとアレックスだ。

 「お久しぶり」

 「ユリウスさまマルグリットさま、お久しぶりぶりです」

 「アレックスさま、ガレインさまお久しぶりです」

 「ご婚約なさられたと聞きました、おめでとうございます」

 アレックスが微笑みながら祝ってくれる。

 「ありがとう」

 「ありがとうございます」

 にこやかに礼を返してからチラッと会場に目を向けてみた。

 「第二王子殿下はまだのようですね」

 私の視線に気付いたアレックスが会場に目を向けてそう呟いた。

 主催側の席には第三王子殿下が既に着席しており、侍女に指示を出している。

 年齢的にはまだ早いのだけれど一歳違いならまあ誤差でしょうね。

 ザワザワとした喧騒がピタリと止んだ。

 第三王子殿下が席を立ち奥から今日の主催となる側妃さまが侍女を伴い庭園に足を踏み入れた。

 第二王子殿下は連れていない様子で第三王子殿下と二三言葉を交わしてお茶会の開会を宣言した。

 

 「ご婚約おめでとうございます」

 「ありがとう」

 何回繰り返したかわからなくなった頃、ようやく私とユーリさまに挨拶へ来る人が途切れた。

 私とユーリさまも開会の宣言後すぐに側妃さまと第三王子殿下にご挨拶をしたんやけども。

 まあこれも面倒なことで公爵家はこの国に二つしかない、貴族筆頭やね。

 なので王族への挨拶は貴族筆頭の公爵家、しかも今回は私とユーリさま二人しかおらへんのやから一番最初にせんと他の家門が挨拶に行かれへん。

 つかえている人数を考え雑談などを挟む隙を与えず手早く済ませたものの、今度は私とユーリさまがターゲットにされてしまった。

 

 目の前にある王宮の菓子は如何にも美味しそうなのに、全く手をつけれんしずっと貼り付けたアルカイックスマイルのせいで明日は顔面筋肉痛まっしぐら。

 話すのは主にユーリさまに任せてはいるものの、疲れることには変わりがない、こんなん大人の頃かてしんどかったやろうしな逃げれん今は尚更や。

 隣に立つユーリさまに見つからないよう小さくため息を吐くとユーリさまが私の顔を覗き込んだ。

 「疲れた?ちょっと休もうか、ふふ、僕も疲れちゃった」

 「は、はい」

 この気配りと天使のような眩しい笑顔に疲れが癒される、けど確かに疲れているのは疲れているのでお言葉に甘えてユーリさまに手を引かれながらデザートの並ぶテーブルへ素直に案内される。

 取り皿を私に持たせてユーリさまはトングを手にした。

 「すごいよねぇどれにしようか、あ、そうだ!飲み物取ってくるから少し待っててねぇ」

 くるりと向きを変えてドリンクを並べてあるテーブルに向かったユーリさまの背を眺めていると背後から声がかけられた。

 「おい!貴様!」

 振り返るとそこには侍従を一人侍女を一人連れたアルフォンス殿下が立っていた。

 なんや?えらい不機嫌やな。

 ムスリと顔を不機嫌に歪ませて腕を組むアルフォンスが私を見下ろしている。

 「第二王子殿下にご挨拶いたします」

 礼に乗り皿を置いてカテーシーで軽く頭を下げる、ザワッと周囲の空気が変わったのがわかった。

 「貴様!あちらこちらに媚を売りよって!どういうつもりだ!」

 突然何を言われたのかわからず、つい顔を上げてアルフォンス殿下を見た。

 「大体この俺が声をかけてやっているというのにその態度はなんだ!」

 態度とはなんやろ?一体この王子は何を言ってるんや?

 私が首を傾げたのが気に入らないのがイライラと地面を足で踏みつけたアルフォンス殿下が侍女が持っていたグラスを受け取り水を飲んだ。

 喉乾くぐらい怒鳴るてなんやねん。

 そうして私を上から下まで睨め付けるように見て鼻を鳴らした。

 「はっ!似合わない格好だな!不細工に拍車がかかっているぞ!」

 アルフォンス殿下が手にしていたグラスの水をピシャリとかけらた。

 冷えた水がドレスを濡らすのをスローモーションのように見ていた。

 得意顔で踏ん反りかえるアルフォンス殿下に侍従と侍女が真っ青に血の気のひいた顔をしている、騒ぎに気付いた側妃さまが立ち上がったのが見えた。

 何すんねん、と思わなくもないが怒りすぎると冷静になるんやろか。

 今ブチ切れてやり返したりしたら家族にも一緒に参加しているユーリさまにもご迷惑がかかる、遠巻きに私たちの様子を伺う参加者たちも青ざめてこちらを見ているし、ここは大人になるしかないやろなぁ。 

 「お気が済みましたでしょうか?」

 にっこりと笑う、私の笑みにヒッと息を飲んだのは侍女だな?

 「ごめんなさい!」

 走って来たのか側妃さまがアルフォンス殿下を後ろに突き飛ばし、え、突き飛ばしたけど大丈夫なん?アルフォンス殿下も尻餅付いてびっくりしてはるよ?

 「本当にごめんなさい、あなたたちアルフォンスを部屋に。アルフォンス!あなたには後でお話があります!」

 指示をだしながら側妃さまが侍女に目配せをすると、侍女がすぐにドレスにかかった水を柔らかな布で取り払う、っと肩に手がかかった。

 「申し訳ありませんが、彼女の具合も悪そうですので今日はこのままお暇いましますね」

 いつもより硬質な声が背後から聞こえて側妃さまの顔がさらに青ざめる。

 「ああ、そうだ。先日頂いたアルフォンス殿下の側近候補のお話ですが、僕には荷が勝ちすぎるようです、では失礼しますね」

 ふ、振り返っちゃいけない気がする!目の前の側妃さまの顔がみるみるうちに泣きそうになって……。

 「マリー、帰ろう?」

 「はい」

 他に何が言えただろうか。

 私はユーリさまに連れられるまま、馬車止めに向かって歩いていく。

 黙ったまま労るように回されたユーリさまの手が暖かくてホッとする。

 「もう少し我慢してね」

 「はい、ユーリさま」

 まだ人目がある、今怒るのも泣くのもダメだと私にもわかる、チラリと見上げたユーリさまはいつもの柔らかさはなく無表情を貼り付けていたが私の視線に気付くと眉尻を下げて微笑んだ。


 馬車に乗り込む寸前、パタパタと足音がして私たちを呼び止める声がした。

 「愚兄が申し訳ないことをしました」

 振り返った私たちの前には第三王子殿下のカイン殿下が頭を下げていた。

 「今日のことは母にも父にも伝えておきます」

 「マリー、どうする?」

 第三王子殿下の母と父ということは正妃さまと国王陛下へ報告するということだろう、そしてユーリさまの質問は恐らく落としどころということかな。

 「えっと、二度と近寄って来ないならもういいかなと」

 「まあそうだよねぇ、父上にも話してそういう方向で片付けておくね、さ、マリーは先に馬車に乗って?」

 正解かな?ユーリさまが小さく頷いたのを見てホッと肩に入っていた力が抜ける。

 ユーリさまのエスコートに任せて馬車に乗るとユーリさまが馬車の扉を閉めた、窓から覗くとユーリさまがカインさまに何かを話していたが、すぐカインさまが頭を下げて去っていくとユーリさまも馬車に乗り込んできた。

 「マリー、大丈夫?すぐに助けにいけなくてごめんね?」

 「ユーリさまのせいではないですから、助けに来てくれて嬉しかったです」

 心配そうに覗き込んできたユーリさまに私は作り笑いではない笑みを向ける。

 「よく、我慢したね」

 ふふと笑ってユーリさまが私の手を取って甲を撫でて上目遣いに私を見た。

 な、な、な、んなん?この子どもにあるまじき色気は!

 「あとは僕に任せてくれるよね?」

 すぅっと笑みが深まる、あ、これ私よりユーリさまが怒ってない?アルフォンス殿下大丈夫かなぁ。

 多分側妃さまにもやけど今のユーリさまを見てれば帰って事情を聞いた父や母もお義父さまやお義母さまも黙ってなさそうやねんけども。


 まあ、しゃあないわな。

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