『現代怪談考』.txt


【前略】


 結局のところ、我々は「母性」のネガティブな現れを期待し、「子殺しの母」の恐怖を求めているのだ。ユング心理学における太母(グレート・マザー)といったような、手垢のついた説明概念によりかからずとも、こうしたイメージが世間にありふれていることは、現代のあらゆる娯楽作品のストーリー展開を見れば明らかだ。

 近年のアメリカで制作される娯楽映像作品を例に挙げるのが、最もわかりやすいだろう。映画やドラマに出てくる「敵」「乗り越えるべき障害」の多くが、象徴的な役割としての「子殺しの母」「子殺しの父」であり、この父母を(象徴的に)殺す解決こそが物語のカタルシスとなる。もちろん象徴的な「親」なので実の父母とは限らず、ボスだったりメンターだったり怪物だったり、時には人格の伴わない「トラウマ」や「目標」だったりもする。

 これはまた殺人鬼やモンスター、事故や災害などの災厄に見舞われる中、幼い子供たちの生存率だけが突出して高く描かれることと表裏一体でもある。

 【以下、太字】現代人にとって最大の恐怖は、子供が死ぬこと、子供が殺されること。【太字、ここまで】だから「子殺しの親」こそが敵・障害の典型となる。あるいはもっと広くとって、「子の成長を阻害する親」までを範囲とすれば、より伝わりやすいだろうか。これと匹敵する絶対悪は「不老不死」しかないが、結局のところ「不老不死」「子の成長の拒否」「子殺し」はいずれも同根の悪なのである。

 そして日本ではアメリカほど「子殺しの父」の存在が大きくないので、代わりに「子殺しの母」がクローズアップされる。【後略】




※吉田悠軌著『現代怪談考』(212-213頁、株式会社晶文社、2022年)より引用。



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