解説2




「性と生と死。大衆にウケるテーマはこれだけ」


 学生会館の一室で、マナは記事の制作者達にそう宣言した。


 二〇二三年、五月初。それはこの記事の企画会議のはずだったが、あの女のそれは提案ではなく、宣言であり、命令でしかなかった。


「性と生と死。特に専門知識も豊かな人生経験もないお前達が書けるテーマも、結局これだけ」


 数人の学生達が狭い室内に詰めたことでじっとりと湿度が高まっている。が、それでも彼女らは季節に似合わぬ薄ら寒さに身を竦ませていた。


「あの……でもこの企画ってモキュメンタリーじゃない?」


 学生の一人が授業のように、挙手して聞く。


「だから?」


 マナは冷たく問い返す。しかし、尖った髪とドギツい色の服はメラメラと燃えているようだった。


「その、テーマを固定する必要は無いんじゃない? モキュメンタリーはモックなんだから、嘘なんだから」


「本当じゃないと面白くないでしょ」


 あの女はまるでその学生を詰るように嘆息して続ける。


「モキュメンタリーはドキュメンタリーなの。嘘をつくには本当のことがいる。具体的には綿密な取材、血の通った解釈、演者の身体性。それらを取捨選択して、編集して、初めて本物の創作になるんでしょ。それとも、お前らがやろうとしているのは創作ごっこのお遊び?」


「違うけど……」


「ならお前達も、自分の身を削って出せる物を出すべき。そうしたらお前達なんかに書けるのは、性と生と死だけじゃない」


「……」


「この三つだけはどんなショボくて臭い人生を送ってる奴でも経験できるからね、お前達にお似合いでしょ」


 マナの圧を存分に浴びて、学生達は押し黙るしかない。


「それで、この企画だけど」


 彼女は手元にあった元の企画案を掲げ、投げ捨てた。


「話にならない。こんなの誰も読まないから」


 そして自分の作ったプロットを取り出し、学生達に配る。


 そこに書いてあったのが『女の子が出しちゃいけない声.zip』だった。


「これが性と生と死?」


 当然、難色を示す学生は多かったが、この時にはすでに誰もマナに反論することはできなくなっている。


「エロいタイトルで釣って、人生舐めて生きてる奴らが死にまくって終わり。性と生と死でしょ?」


 マナの顔はひたすらヘラヘラと、しかし眼だけは冷めて残酷に学生達を見下ろしていた。


「あの……でも、このプロットだとただ私達が呪いの動画だか音声だか聞いて死んで終わりなんだけど。『女の子が出しちゃいけない声』の正体って何? 女の子ってのが何かの怨霊とか妖怪みたいな?」


「はは」


 あの女は全く面白くなさそうに鼻先で笑って見せる。


「そんなのあるわけないでしょ」


「え?」


「お前らは無いモノ聞いて死ぬんだよ」


 『思わせぶりで考察させといて、怪異の正体自体は設定していないタイプのホラー』、その時は誰もがそう思っていた。







 撮影はプロットの順番通りに行われた。


 授業の乗っ取りや研究員への襲撃については既に述べた通りである。制作陣に残った僅かな生徒達は停学となった後も、依然として制作を続けた。


 マナが命令したからである。記事の為には良識や法律を越えたことを断行させたあの女が、その程度で止まるはずがない。


 しかし停学以降からは、さらに常識を越えたことが起き始める。


 記事の要となる動画ファイルの作成担当者が、プロットと違う内容の動画を残して失踪した。元プロットでは、無音のラブホテル室内と見られる風景が映っているだけ。髭面の男性=作成担当者が登場する予定は無く、まして血を流して死亡するなんて話題に上がったこともなかった。彼がどうなったかについては、後ほど触れる。


 また記事(2of4)で、新宿駅東口公園に二つ結びの少女が出てきたのを覚えているだろうか。彼女の登場やその後の急な場面転換について、やや唐突に思われた方もいるだろう。あれは実際に急に決まったことだった。


 SDカードについては日中にライオン像の奥に埋めるところを撮り、その日の夜に掘りに行くパートを撮影する段取りだった。その間SDは埋めたままだったが、改めて行くと異常事態が起きており、予定を変えざるを得なかったのである。


 鳥の死骸が複数、SDのある辺りを覆っていた。


 カラス、スズメ、ドバト。制作者達が掘り起こして柔らかくなった土に塗れて、足跡や羽をたくさん散らしてくたばっている。


 更に奇妙なのは、それらが死後しばらく経ったかのように腐敗していたことだ。


 まともに考えると誰かが死骸を持ってきて撒いたことになるが、そうだとすると土に足跡が残した理由がまたわからない。まともに考えずにここに寄ってきた鳥達が死んで急速に腐敗した、とすれば話は通るが、そんな道理は無い。


 一体何が起きている?


 しかし、制作者達にはそんなことを考える余裕は無かった。そんなことよりマナの怒りを買う方がよほど怖い。


「どうするか、早く考えてよね」


 必死に頭を捻った結果、あの少女の登場とその後の急な場面転換に至った、というわけである。




 マナの凶行、失踪、鳥の死骸。


 理解できないことばかりが起き、制作者達にもついに反目する者が現れ始めた。



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