解説1
ここまで投稿してきた一連の文章は、先日私の元に届いたメールに添付されていた、『女の子が出しちゃいけない声.zip』というフォルダの中身である。
解凍したフォルダの中には、記事やそれを作成するのに用いた素材、文献資料などが乱雑に並んでいた。本稿では、記事単体では伝わらない作成の背景や登場する関係者たちの事情までわかるよう、私の独断で選別・配列し直し、解説を付記しつつ掲載している。
画像や実在の人名・名称など、プライバシーの関係で公開できない情報については文字での説明や伏せ字にしたが、それ以外は元の形通りとした。しかし、マナについては本人の意思を尊重し、本名や個人情報をそのまま記している。
このファイル群の内、『記事』とは、とある有名WEBメディアが開催していた記事や漫画のコンテストに出品する目的で書かれたものである。最後まで読めばわかるが、実際には出品することはかなわず、完成することさえないはずの作品だった。
この記事の制作者達は、都内のとある大学に通っていた普通の学生達である。ほとんどは同じ文学系のサークルに所属していた。作成の中枢にいた学生はライターとしてのキャリアを形成することを目指していて、当初はサークルの仲間も積極的に協力していた。
企画案にあった通り、これは本来なら有り触れたモキュメンタリーホラーの記事となるはずだった。
それがこのような形になったのは、全部マナのせいだ。
マナっちゃという名で記事に現れ、傍若無人に振舞うこの女は、それでもまだ周囲から思われていたようには書かれていない。
恐ろしい女だった。
この記事の制作が始まった当初からずっとそうだった。
冒頭にあった授業の場面、その撮影は本当に大学の授業中に行われている。
もちろんそんなことする必要は無く、そもそもプロット上でも台詞で流すだけで、撮影の予定は無かった。
しかし、あの女は強行した。
「本当じゃないと面白くないでしょ」
そう言って。
髪をツンツンに尖らせ、眼光はギラギラと鋭く、黒いマスクから出るあの強い口調に誰も逆らえない。
背は高いけど華奢な体型で、極彩色の服から細い手足が伸びていた。
喧嘩が強いとか、悪い奴と付き合っているとか、そういうこともない。
ただただ口が悪くて、下品で、反論をさせなくする“圧”があった。
その授業での撮影で、記事の制作者達はマナに言われるまま階段型の大教室に固まって配置された。
授業が開始して二十分程経った時、マナは不意に机の上に起立する。
確かに机の上だった。
「はい、今から撮影を開始します」
室内の誰にでも見える位置に躍り出て、手を叩きながらそう宣言する。先生も、生徒も、制作者達も、唖然としていた。しかし、あの女は平然と近くの生徒達に撮影の邪魔だから退くよう指示をし始める。
無論、みんなは戸惑うばかりで身じろぎ一つできない。
やがて正気を取り戻した先生が何か口を開こうとした。
マナは機先を制して叫ぶ。
「講義を止めるな、授業中だぞ!」
それから自分達がこの大学に幾ら学費を払っているか、自分達の世代がこれからどれほどの社会保障費を負担することになるか、つまり自分達は多額の費用を払い、また多額の負債を支払う為にここで勉強する義務と権利があり、それを侵害するとは一体何事かと大音声でまくしたてた。
先生は何か言い返そうとしますが、その度に容姿や雇用形態等パーソナルな面を痛罵され続けて押し黙る。最後にはコクコクと頷き、小さい声で授業を再開した。
マナは再び生徒達に指示をし始めると、もう誰も逆らえない。
それはサークルの制作者達についても同様である。
カメラはどこから撮る、オタク役の学生はタブレットをどう持つ、事細かに差配し、シコ猿役の学生についても同様だった。
「シコれ」
机の上から何でもないように告げる。
シコ猿はそれはもう困っていた。茶髪で軽い雰囲気の男の子だったが、顔を真っ青にして、マナを見上げる。
「その、ちょっと、このままだと無理があるというか……」
「ああ、そうだね」
周りを見回しながら彼が言うと、マナは肯定した。
シコ猿がほっと一息吐いていると、サークルの女子が一人呼びつけられる。
「そんなに唇真っ白だと映りが悪くなるから、ちょっとお化粧しようか」
シコ猿は静かに泣き出した。
化粧が済むと、彼のジーパンのチャックを下ろしつつ、マナはこう言う。
「本当じゃないと面白くないでしょ」
それから五十人ちょっとが見守る中、シコ猿は一人でシコった。
その間に聞こえたのは、マナの指示、カメラのシャッター音、そして比較文化学概論の講義だけ。
その次の日からサークルのメンバーはほとんど学校に来なくなる。
しかし、マナと中枢の学生達とで記事の制作はまだ止まらなかった。
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