コルバーニと魔法が消えた世界

青の囁き(1)

 私の目の前には椅子に縛られた男性が涙を浮かべている。

 何かをしゃべっているようだが、猿轡をされているために声を出せない。

 そのため目で必死に目の前の私に向かい感情を向けてくる。


 命乞いの。


 全身から血を流しながら自らの生命を守るための最後の足掻きを行おうとしているようだ。

 それを見て私は背中に心地よい震えを感じていた。


 ずっと私を押さえつけてきた存在。

 物心ついた頃から暴力をふるい、大きくなれば奴隷のように働かせ、その成果を奪っていく。

 挙句に成長したら好色な目線を向けてきた父親。


 今まではそれに対して抗うすべを持たなかったが、今は違う。

 私は現状を破壊するための力を得ていた。

 圧倒的な剣術を。体術を。


「ねえ、助けて欲しい?」


 私の問いに父は首を縦に振る。

 その顔の滑稽さに哀れみが浮かんでしまい優しく微笑むと、父の左胸に手を添えて激しくなる心臓の鼓動を感じる。


 そして……囁いた。


「やだ」


 次の瞬間、剣を振り下ろして父の胸を切り裂いた。

 すぐに死なない程度に。


「だって、夜はまだ長いんだから。今まで私で楽しんだ分、今度は楽しませてね。お父さん」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「亜里沙、まだ食べるのか? ほどほどにしないと……その……」


「大丈夫だよ。動いた分カロリー補給しないと、可愛い娘が倒れたらどうするの? それに寒いところでは体脂肪もつけないと」


 私、アリサ・コルバーニは父ガリアの言葉に事も無げに返した。


「でもさ……何となくだよ。なんとな~く……太ってきてない? アリサ」


 隣の少女、クローディア・アルトは言いにくそうにつぶやいた。

 って、嘘でしょ!?


「え!? クローディアもそう見えるの! やばいじゃん」


「亜里沙……お父さんはちょっと悲しいぞ」


「に、してもさすが北方の街だね。ラウタロとかカンドレバとは空気が違うね。なんて言うか……その……重々しいというか、薄暗いというか」


 マフラーに顎を埋めながらつぶやくクローディアに私は言った。


「ふむ、それは気のせいじゃないよ。このエウーロの国は日照時間がかなり少なくて、曇りや雪の日が他の国を大きく上回る。特にこの首都ラッサは高い建物が無計画に立ち並んでいることもあり、余計に自宅内で日の光が届きにくいらしい。日の光が少ないと人はセロトニン不足で精神的に沈みやすいから気をつけてね、クローディア」


「セロ……? 何かアリサ、たまに難しい事言うね」


 リムちゃんたちの元を離れて早半年になる。

 私は万物の石と愛した男ユーリ、そして私と言う存在の犯した罪を償うため、様々な国を回り誰かの助けになる。

 そういった漠然としたいつ終わるでもない旅を続けている。


 その酔狂な贖罪の旅に自ら同行してくれた父ガリアと友達のクローディア・アルト。

 二人には申し訳ないと思いながらも、心の奥に確かな温もりを感じる。

 

 リムちゃんどうしてるかな……


 アンナからの手紙によると、リムちゃんは元の国に帰ったらしい。

 向こうでしか出来無い事、身に着けることの出来ない事を持ち帰りたい、と。

 そしてそれが出来たら必ず帰ってくる、と。

 万物の石なんかじゃない、別の力を身に着けて帰ってくる、と。

 そして、どうやらアンナとリムちゃんは婚約したらしい。


 あの二人はお似合いだし、リムちゃんが目的を果たした暁にはぜひ幸せになってほしい。


 リムちゃん、大人になったな……

 私も今度会うときには彼女の前に出ても恥ずかしくない人間でありたい。


 そんな事を考えてホッとため息をつくと、大通りで人だかりが出来ているのが見えた。

 何だろう?


 この国に来て一月になるけど、変わらず情報収集は生命線だ。

 それに人助けも出来るかもだし。


 向かってみると、そこには偽羊皮紙を掲げた男が声を張り上げていた。


「さあ、ジェバンニ男爵家で起きた残忍な殺人に始まった『血の金曜日』また新たな犠牲者が発生! 今度は若い女性で、武器屋の女主人だよ! 彼女のお得意様はたいそうな嘆きぶりだ。この残忍な事件はいつまで続くのか!」


「うわあ……血の金曜日だって。この街やばくない?」


 身体を震わせるクローディアの肩を軽く叩くと私とお父さんはしばらく待って、人だかりが少なくなった頃合を見て男の所に向かった。


「ねえ、お兄さん。その話もうちっと詳しく聞かせてくれない? 特にジェバンニ男爵家の事を」 

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