ライムとおかっぱちゃんと秘めた想い

「まだ、こんな連中いたんだ。オリビエの統治で根絶されたと思ってたのに」


「いや、モラルを持たぬ者、悪の魅力に惹かれる者はどの時代、国にも一定数存在する。人と言う種の問題で、それを根絶するなど神でも不可能だ」


「そうなのかな……って、きゃっ!」


 ライムはそう言うと、私の顔の向こうに回りこんだ。

 そして幌を槍が突き破ると、隙間から盗賊が顔を覗かせた。

 ぬおっ! ビックリした……


「悪いが、俺らの顔を見たからには1人とて生かしてはおけん。垂れ込まれたら国王に処刑されるからな」


「だ……大丈夫だ! 私はお前らの顔など見ていない!」


 私は顔を背けると言った。


「信じられるか腰抜け! お前もさっきの女みたいな目に合わせるぞ」


 ……なに!?


「ちょっと、あんた達。リーゼに何したの!」


 そう言ってライムが男たちの前に飛び出していった。

 な……あの馬鹿!


「なんだ、コイツ。妖精か?」


 すると、もう1人が横に歩み出て言った。


「捕獲しろ。妖精は最近裏市場で高く売れる。羽をちぎって連れて行く」


「了解!」


 そう言うと、男は腰につけていた棍棒をライムに向かって振りまわした。

 全く、大ばか者が。

 身の程も知らずに突っかかるからだ。勝手に見世物になってろ。

 あの……大ばか者!


 男が振り回す棍棒をライムは巧みに避けていたが、もう1人の木の棒がライムに向かっていた。


 ……いかん!

 気がついたら私はライムと男の木の棒の間に飛び込み、ライムを抱え込んだ。

 次の瞬間、背中に激しい痛みを覚えた。


「ぐっ!」


「クロノ! ……なんで」


 ライムは驚いた顔でそう言った。

 知るか! 私が自分に聞きたいくらいだ。


「そいつを離せ、でないと貴様ごと切るぞ」


「……ふん、私ごと切る程の腕など無いだろう、マヌケが」


「面白くない冗談だな、オッサン」


「オリビエ王は殺害を伴う略奪には特に厳罰を持って望む。私を殺せばただの死刑では済まんぞ」


「なら、そいつを離すまで……こうしてやるよ!」


 そう言って男はさらに私を棒で打ちつける。

 くそ、痛い! 痛すぎる!

 これでは死んでしまう。


「クロノ……もういいよ、もういい! 何で、私なんかを……」


「うるさい! お前は……私にとって大切……いたた!」


 くそ「大切なペットも同然」と言おうとしたら、言いそびれた……

 せっかく一世一代のカッコいいセリフだったのに、もはや痛くて喋りたくない!


「クロノ……」


 何故かライムは顔を赤くして私にへばり付いてきたが、どうでもいい。

 とにかくコイツがいては逃げるに逃げれん。


「ライム、隙を見て逃げろ」


「ヤダ……あなたを見捨てない」


 ぬ? 何だコイツ。いきなりしおらしくなって……

 

「駄目だ、コイツ。強情すぎる」


「仕方無いな、もう殺すぞ」


 そう言って男は剣を抜き、私に向かって振り下ろそうとした。

 ああ……神様!

 

 その時、抱えこんでたライムが外に飛び出した。


「この人は関係無い。私を連れて行って」


「最初から大人しくそうしてれば……」


 男がニヤニヤとそう言いかけた時、そのニヤケ面が突然強張り、そのまま後に倒れた。

 そして女の声が続いた。


「峰打ちだから安心して」


 な、何だ? って……お前は。

 男の背後に立っている女……見覚えのある懐かしい……おかっぱ頭。

 私はそのおかっぱにニヤリと笑って言った。


「何の用だ、コルバーニ」


 ※


「ん? 久々に里帰り。と、思ったら皆で遊んでるみたいだから混ぜてもらおうと思ってさ。凄いねオッサン、ライム守ってんじゃん」


「うわ〜ん! アリサ〜!」


 泣きながら飛びまわるライムにコルバーニは、優しく微笑んだ。

 おい、その笑顔を半分でも私に向けろ。


「ただいま、ライム。久しぶりだね。リーゼと一緒に外の奴らを倒すのに手間取っちゃった。もう大丈夫だよ。乗客の犠牲者もゼロ」


「はあ、何だ? ガキじゃねえか。死にたいのか? それとも……売り飛ばされたいのか」


 隣にいた盗賊が顔を引きつらせながらそう言うと、コルバーニは両手で口を押さえて言った。


「うそ、嬉しい! 私、こう見えて60歳近いんだけど、買ってくれる人いるの!? それかお兄さん、私を身請けしてくれちゃう?」


 盗賊、それは絶対やめろ。死ぬまで後悔するぞ、と内心思ったが黙っておいてやる事にした。

 もちろんコルバーニが怖いからではない。

 

 盗賊は剣をしまうと、クロスボウを構えた。


「この至近距離で避けられるか? 死にたくなかったら土下座すれば、売り飛ばすくらいで済ませてやる」


「ふむ、お兄さん。止めといたほうがいいよ。あなたじゃ私を殺せない」


「なに、アリサ。クロスボウが怖いの?」


 いつの間にか戻ってきたリーゼがニヤニヤしながら言う。


「はあ? んなわけないでしょ。面倒なだけ」


「……お、お前ら! 俺を無視するんじゃない!」


 哀れ、クロスボウの盗賊は二人を睨み付けて言った。


「アリサ。ライム様もこの騒動でお疲れだと思う。遊びは終わり。すぐに片付けて」


「分かってるって。実はさ、1週間前までネクリアって言う北方の国に行ってたんだけど、そこである事件を解決してさ。お礼にもらった砂糖菓子が絶品だったの……お父さんとクローディアが食べ過ぎて動けなくなったくらい。みんなの分ももらったから食べよう」


「なにやってるの、2人は……」


「お前ら……そんなに死にたいらしいな」


 そう言うと盗賊はクロスボウを構えたが、次の瞬間文字通り閃光が見え……男のクロスボウは真っ二つになった。


「え……」


「はい。お兄さん、これで撃てなくなっちゃったね。どうする?」


「み……見えなかった」


「あたり前田のクラッカーだよ。私をなめちゃダメ」


 こうして、その場に崩れ落ちた男と気絶していた盗賊を縛り上げ、いきなりの盗賊団とのトラブルは終わった。

 

 ……助かった。


 ※


 やれやれ、ひどい目にあった……

 なんて大怪我だ。これは即座に入院して手術せねば死んでしまう。


 我らは目的を終え、グローニュと言う街の酒場に立ち寄っていたが、背中の激痛で酒の味もかすんでいるようだ。


「さすが最新の革鎧だな。軽い打撲程度だ」


 リーゼが私の大怪我を見て頷いている。


「おい、これのどこが軽い打撲だ! ちゃんと見てるのか!」


「見てるから言ってんじゃん。オッサン相変わらず貧弱だね」

  

 呆れたように話すコルバーニを私は半泣きで睨みつけた。

 くく……この激痛が軽い打撲だと。

 あり得ん。


「大丈夫? クロノ……」


 そんな中、ライムだけが心配そうに私の背中をじっと見ている。


「何だ。普段なら面白がって見に来るのに、えらくおしとやかじゃないか?」


 にやりと笑ってそう言うと、ライムは顔をまた赤くする。


「おい、さっきからどうした。お前らしくないな。トイレでも近いのか?」


「……クロノのお馬鹿!」


 そう涙目で言うと、ライムは飛び去ってしまった。

 何だ、アイツ……


「ライム様……」


 呆然としているリーゼに対して、コルバーニは「ほうほう、これはこれは……」と1人で何やら納得したように呟くと、リーゼの腕を引いてライムの後を追いかけた。


「あ! オッサン、君は来なくていいからね。ここからは男子禁制」


 はあ!? 何、訳わからんことを。


 それから1時間近く過ぎ、リーゼとコルバーニが戻ってきた。  

 リーゼは何やら余命宣告でも受けたかの如く顔を真っ青にして、コルバーニは困ってるのか面白がってるのか良く分からないニヤケ面だった。


「おい、ライムはどうした?」


 なぜか強張った表情をしているリーゼは私を睨みつけると、無言で酒場の外を指し示した。


「なんだ、何か事件でもあったのか?」


「ん……まあ、リーゼにとっては大事件だよね……」


 なぜかコルバーニは歯切れ悪く、モニョモニョと口ごもりながら喋っている。

 ぬ? 何があった?


 異様な胸騒ぎを感じながら、リーゼに連れられるままに酒場の裏に向かうと、突然リーゼは立ち止まり私の方に振り向いた。

 

「……クロノ」


「な、なんだ。」


 私は思わず後退りする。

 なんだ、この迫力は……


「私はライム様を心からお慕いしている。お前も分かってるな?」


「あ、ああ……そうだな。もちろん嫌と言うほど分かっている」


「貴様に何が分かる!」


 いや、お前がそう言って……


「私はあのお方の幸せのためなら何でも出来る。あの方はずっとお辛い思いをされてきた。リム・ヤマモトを見守り、補佐をし、アリサやユーリ達と万物の石のために旅をしていた。そして、石のために自らの幸せや友情も捨て去ろうとされていた。自らの全てを世界のため、他者のため犠牲にされていたのだ。何と崇高な人格よ……。それらから開放された今、あの方は自らの幸せを追っても良い時期だ。……そう信じているのだ!」


 何を1人で騒いでるんだ。

 しかも、涙ぐんでいるし意味がわからん。


「……な、なあ。話の流れが掴めんのだが……」


「クロノ・ノワール! 貴様にライム様をお預かりし、共に歩む許可をくれてやる!」


 ……は?


「ライム様は……何故か全く理解不能だがクロノ・ノワール、貴様に惚れている! 貴様と交際したいのだそうだ! 何故、よりによってお前……まだオリビエ国王なら、100歩譲って分からんでもない! 何故!」


 ほお、なるほどなるほど……って、何だと!?

 

「お、おい……好きって……おい!」


「嬉しいだろう、良かったな。そう言ってやる! ライム様の従者たるもの、祝わねばな!」


 いや、全く嬉しくない。

 私は大人っぽい、出る所が出て引っ込む所は引っ込んでいる、楚々とした静かな女が好みだ。

 何が楽しくてキャンキャンやかましい妖精と付き合わねばならんのだ。

 しかもクドいようだが、同じ大きさの時は野獣の目で「リーゼ、クロノを殺せ」などと言われたし!

 そもそも、惚れられる経緯も不明すぎる。


「その代わり、浮気は当然ながら処刑だ。他の女に触れる事は一切許さん」


「いや、だから私の意思……」


「リム・ヤマモトの国では『断腸の思い』という言葉があるそうだ。腸が切れるほどの葛藤だと……いい言葉だ。今の私にピッタリだ。貴様にライム様を預かる許可を出す。この言葉、私が……腸もねじ切れんばかりの苦しみの末に言ってるのが分かるか!」


「あ、ああ……分かる。分かるぞ」


「貴様に何が分かる!」


「いや、だからお前が……」


「本来ならば許可など出したくない! 出したくないのだ!」


「そ、そうか! 分かった! じゃあこの話はなかった事に……いや、私も残念だ……はは」


「だが、貴様もライム様を愛しているのだろ!」


 いや全然。と言いたかったが、リーゼの奴め、剣の柄に手を添えている時点でそんな返答など出来ん。

 こうなったら話を合わせるか……


「も、もちろん愛している! だがな、ライムにはゆっくりと様々な形の幸せを見てもらいたい。男とて私一人では無い! もっと彼女に相応しい相手がいるはずだ。彼女ほどの女性なら、もっと可能性を知る権利はある! 私はそのため涙を飲んで、ライムから離れよう」


「クロノ……貴様」


 おおっ、リーゼの奴聞き入ってるようだ。

 以前、ヤマモトの人工呼吸で赤ちゃんが出来る、などと戯言を言ってた時点で単純な奴と思ってたが。

 よし、もう一押し……


「クロノ……それ、本当なの?」


 むむ? この声は……

 恐る恐る振り向くと、そこには顔を赤らめるて目をうるませたライムと、その後ろで苦笑いをしているコルバーニがいた。

 ……しまった。


「え? い、いや……あれは……」

 

「嬉しい……嬉しいよ。私、ずっと恋とか憧れてた。リムやアリサ、ユーリの話とか聞いててずっと……でもさ、私みたいな万物の石の欠片で出来た妖精なんか、愛してくれる人いないって……でも……でも」


 声を詰まらせながらそう言うと、ライムは泣きながら私にに抱き着いた。


 いや……あの……それは。


「私は大丈夫だよ! あなたと一緒に歩きたい。あの時盗賊から私を守って怪我してた時……貴方なら安心出来る、って思ったんだ。私を支えてくれる。私も支えたい。そう思えたんだ……えへへ」


 そう言って恥ずかしそうに微笑むライムを見て……私は胸が苦しくなった。

 コイツは……純粋なんだ。

 そう言えば、石の事で我らに敵対してた時も、純粋に我らを……世界を考えていた。

 自分の事など二の次で。


 コイツは……なぜこうまで純粋なのだろう?


 そして……信じられん事だが、そんなコイツの泣き顔混じりの笑顔を見て……ほんの少し……可愛い、と思ってしまった。


「ライム……本当に私でいいのか? 私は知性と力を併せ持つ偉大な存在だが、それ故に行く先々で様々な困難に巻き込まれる。人が私を求めてるからだ。お前は着いてこれるのか?」


「うん、大丈夫! 私、慣れてるから」


「なら、勝手にしろ。後悔しても知らんぞ……って、なぜ剣を突きつける、リーゼ!」


「貴様、ライム様に『勝手にしろ』とは何だ! 『どうかご同行の許可を』だろうが!」


「知らん!」


「やめてよリーゼ! あ、じゃあさじゃあさ、クロノ。もし……私が、前みたいな大っきな女の子になったら……結婚……してくれる?」


 え? それは……嫌だ。

 大きなお前にはトラウマしか無い。

 それこそ他の女と遊びに行こうものなら、その場で貴様に八つ裂きにされるではないか……


「して……くれる?」


 不安気に話すライムに中々返事をしかねていると、リーゼが剣の柄を握り直して言った。


「当然だな?」


「ああ! もちろんだ! 楽しみだな。其の日が待ち遠しい」


「きゃあ、やったあ!! リーゼ、新たな目的が増えたわ。3日後出立を予定してる、石の残渣を破棄する旅の合間に、採取物を使って研究する」


「かしこまりました。すでに残渣の場所は何箇所か確認してあります」


「じゃあそれで行くわよ。早速、旅の準備を」


「はい。クロノの分の準備もですよね」


「もちろんよ。いいよね、クロノ?」


「え? い、いや……ああ! もちろんだ。血が騒ぐようだ」


「いいの、オッサン? 断わるなら今のうちだと思うけど……」


 小声で呟くコルバーニに私は同じく小声で言った。


「こんな空気で『嫌に決まってるだろ。2人で勝手に旅してろ』などと言えるか!」


「まあ、リーゼに腕一本落とされると思うよ」


 私はすっかり盛り上がっているライムとリーゼを見た。

 全く、何の因果でこんな目に……だが、不思議と心から嫌にならん自分もいる。

 いや、むしろ楽しみに思う所も……くっ、なぜだ。


「さて、皆の衆。新たなアベックの誕生に祝って、おみやげの砂糖菓子を食べない? これ、ハーブティーがよく合うんだよね。持ってきてるから宿屋でミニパーティーでもどうかな?」


「きゃあ! アリサ、気が利く! さっそく行きましょう」


 喜びにクルクルと回っているライムの隣で私はこの先の旅への暗澹たる気持ちが再度わき上がってきた。


 まあいい……こう言うドタバタも悪く無いだろう。

 だが、やはり巨大化は勘弁してほしい物だ。


【終わり】

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