クロノと魔法が消えた世界
クロノとライムと怖いお姉さん
全く、何なんだこの寒さは……
リグリアの冬はこんなに冷え込まなかっただろ。
頬や耳も痛いくらいだ。
私はそんな事を思いながら、フードを被りなおし薄暗い空を見上げた。
すると、頭の少し上から声が降ってきた。
「クロノってさ、前から思ってたけど……貧弱さん?」
ぬ? またか、小うるさいハエめ。
私は頭上をクルクル旋回しているハエ……いや、妖精ライムに向かって言った。
「ライム! この私のどこをどう見たら貧弱だというのだ!」
「……あちこち、色々。この程度の寒さ……日本なら10月下旬程度なのに、まるで雪山に行くみたいなカッコだし。後、さっきからずっと逃げっぱなしじゃん。野犬とかはまだ分かるけど、手のひらくらいのプチスライムにまでリーゼの影に隠れてるのはどうかと思うよ……」
「ふん、あれは隠れてたのではない! リーゼの後方支援だ。後、敵を見た目で判断するのは未熟な素人の特徴だな。外見は弱そうでも、戦えば以外や以外、中々の強敵と言うことはある。お前も実戦の場数を積めば分かる」
「……私、アリサより場数踏んでんだけど」
なにやら言ってるが知らん。
それにしても、なぜ私がこの小動物とお付……リーゼだが、と共にこうして殺人的極寒の中を馬車に乗る羽目にあっているのだろうか?
いや、アンナ・ターニアにヤマモトからの密書を届けるために決まっているのだが。
長い長い万物の石による戦いが終わったあの日から4年。
ヤマモトはあの祖父との出来事の後、どうしてもしなければ行けない事がある、と言ってライムの協力の下、自らがやってきた世界に帰っていって早4年か……戻ってくるのはいつになることか。
だが、奴なりに自分の成すべき事に気付いたのだろう。
コルバーニは友達と名乗る少女と共に旅に出て行こう時々手紙は届くが、顔は見せない。
アンナはラウタロ国に渡り、エルジアの元でずっとなにやら「イガク」とやらを学んでいるようだ。
そして、ヤマモトから定期的に届く本や書類をエルシアと共に読み、学んでいるようだ。
今回の旅の目的もいわゆる「ヤマモトからのお使い」と言う奴だ。
そのため、あれ以降共に行動する事が多いのは必然的に私とライム、そしてリーゼになるのだが……とにかくこの小動物はうるさい。
四六時中、ぶんぶん飛び回ってなにやらしゃべっている。
馴れ合いを嫌い、静寂を好む私としては文字通りハエのようだ。
ヤマモトはよくコイツを叩き潰さずに居られたものだ。
その忍耐力に敬意を表する。
万物の石そのものは消え去ったが、ライム言うところの「残渣」はあるらしく。
それを念の為につぶして行きたいとの事で、今やウィザードを統べる立場のリーゼが時々合流出来る時にこうしてお使いがてら旅をしているのだ。
なので、なんだかんだ言いつつ我ら2人と1匹は長い付き合い、と言うやつになっている。
「クロノ、なぜライム様をじっと見ている。まさか……よからぬ下心など持っているのではないだろうな?」
少し離れたところに座っていたリーゼが、そう言って私に猛獣もかくやというような冷ややかな視線を向ける。
はああ!?
ふざけるな! 妖精……しかもこんなやかましい生き物に下心を持つ男がいたら見てみたいぞ。
と、言ってやりたいが以前ライムに向かって「うるさいぞハエ。こいつで叩き落してやろうか?」とハエたたきを振っていたら、リーゼの刃が喉元にかなり強く押し当てられてしまったのだ。
怖くないぞ……全く怖くなんかなかったが、女には紳士として接するのが私の主義だ。
か弱い女は守ってやらねばいかんからな。
だから、今回もリーゼの言葉に私は王のごとく悠然と首を横に振る。
「そんな事は思っていない。ライムは大切な仲間だ」
「だが貴様、先ほどライム様の胸元を凝視していただろうが!」
「それはコイツの浮かぶ位置がたまたま……」
「嘘でしょ!? リーゼ、怖い!」
そう言って慌てた様子でリーゼの元に飛んでいくライムを私はにらみつけた。
くく……こいつら。
「そもそも! 下心もなにも以前お前ら……特にライム、貴様は私を殺そうとしてただろうが!」
そう、ヤマモトと万物の石の関係をライムとリーゼの前で、話した時の奴の目ときたら!
(リーゼ、予定変更。クロノ・ノワールを殺す)
などと言っておきながら、何が「怖い……」だ。
一生忘れないからな……もちろん怖かったわけでもないし、根に持ってる訳でもない。
ただ、油断禁物と言うだけだ!
「あれは……その……過去は過去じゃん」
何がじゃんだと思ったが、私は返事をせずバックパックから最後の干芋を取り出した。
疲れたときはこれに限る。
私の好物だ。
その芳醇な甘みを持つ香りに心穏やかになっていると、何やら視線を感じる。
「ぬ? 何だ? ライム、これが欲しいのか?」
「いいよ、だってそれ好きなんでしょ?」
「まあ、好きは好きだ。人にくれてやるなど言語道断だと言えるくらいには好きだ」
「……だからいいよ。それに、殺そうとした女の子にあげるの嫌でしょ? 最後の1個なの知ってるし」
そう言って唇を尖らせてふよふよ浮かんでいる姿を見ていると、なぜか口に……口に……
「良く考えたら、最近干し芋にも飽きた。やる」
そう言って私は干し芋をライムに向って投げた。
「いいの?」
「いいから『やる』と言っている。いらんなら食うぞ」
「……ありがと」
そう言って美味しそうに食べているライムをつい見てしまう。
全く……ああいうガキはほっとけん……って、何だ!?
「おい、リーゼ! なぜ私に剣をつきつける!?」
「ライム様は犬ではない。あと『やる』とは何だ! 『お召し上がりください』だろうが!!」
「いいよ、リーゼ。嬉しいけどさ……そもそも私、もうただの妖精だもん」
「何を言われるのです。私はいつまでもライム様の従者です」
「リーゼぇ……」
声を詰まらせながらリーゼの周りを、ぶんぶんと飛び回っているライムと笑顔で見つめるリーゼを見ながら、私は深々と溜息をついた。
やはり駄目だ。
とっととまた1人に戻らねば……とくにコイツラとは相性が……
そう思ったとき、突然馬車が止まった。
ぬ? 何事だ。
その直後、御者が慌てた様子で飛び込んできた。
「皆さん、ここから出ないように! 盗賊団です……しかも、かなりの人数が」
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