素晴らしく冴えた解決

「これは……どうみても禁断の古書ではないですね」


「あ……当たり前だ! どこにあるんだ、書物は!」


 私は、矢も楯もたまらず部屋を飛び出して、エルジアの部屋に駆け込んだ。


「あら? あなたはリムのお連れじゃない? どうしたの」


「エルジアさん! その……更衣室に忘れてあった書物は!」


「……書物?」


 くそ、息が切れて上手くしゃべれない…… 

 まさかエルジアさんに「呪いの禁書」などと言う片腹痛い大嘘をつくわけには行かない。

 どうやって嘘をつこうか……

 そう思っていると、オリビエが遅れて部屋に入ってきた。

 しまった!

 遅れて部屋に入ってきたオリビエは、口止めする間もなく言った。


「実は、こちらのアンナ・ターニアが管理していた古代の悪霊を封印した書物なのです。中の文章を読んだ途端に、封印が解けて世界が滅ぶと……」


 ああ……

 案の定、エルジアさんはキョトンとした顔で私たちを交互に見た。


「あ、悪霊……封印? えっと、ごめんなさいね。ちょっと理解が……」


「あの! 大丈夫です。私の個人的な用です。ただ、更衣室に置き忘れてた本の事を……」


「本……そう言えば、あなたたちが出た後で、シーナが更衣室を掃除してたら、何か忘れ物があった、と言って追いかけていった、って話してたわね。あ、丁度彼女が来たみたいよ。シーナ! リムちゃん達の忘れ物、あなたが渡しに行ってくれたのよね」


 へ……はへ? 

 呆然とする私に向かってシーナさんは事もなげに言った。


「はい。一行を追いかけたところ、丁度遅れてついて行っていた男性がいたのでその方に」


「えっと……その男性の特徴は」


「はい。リムさんたち一行には似つかわしくない、悪者のような見た目をした男性でした」


「先輩、それって……クロノ……」


 オリビエの言葉を聞き終わらないうちに、私は部屋を出た。

 急がねば! 急がねば!!


「あ! アンナちゃん! リムちゃんによろしく言っといてね」


 さすがエルジアさん、あんな無礼な面会をした私にも気遣いを……って、それより早くクロノを!!

 ああ……中を読んでないといいが……神様!!



「おお、アンナ。私も会いたかったぞ。お前の呪いのごとき妄想、楽しませてもらった。その感想を伝えたかったのだ」


 ああ……

 私は思わずその場に膝から崩れ落ちた。

 オリビエを置き去りにして脱兎のごとき勢いで一行に追いついた私は、クロノを捕まえて裏通りに引きずり込んだ後、書物の事を確認した結果……世界は終わった。


「ク……クロノ、最初から書物を持ってたの……か」


「ああ。シーナとか言う女から預かったからな。お前の所有物だと知らずに読んだところ、夢中になってしまった。褒めてやろう」


「そ、それは……他の皆には」


「まだ、言ってない。だが、面白かったので皆に進めようと思ってた矢先、お前がギャアギャア騒ぎ出してどこかに行ってしまいそれどころではなかったのだ」


「……ちなみにどこまで読んだ。まさか……全てでは無いだろうな」


「読んだ。全て」


「……な」


「いや、こっちまで胸が熱くなった。喜べ、私の気に入った箇所には紙を挟んでおいたぞ。特に気に入ったのは、ヤマモトが若い女シェフの料理を気に入ったことにヤキモチ焼いたお前が『次のコースはわたしです。私の愛をお腹いっぱい食べて下さい』と言って、体中にリボンを巻いた自分を大皿に乗せて出したところ、ヤマモトがお前への愛に目覚めて……と言う所。ああ、他に気に入ったのはスライムまみれになったヤマモトとお前が、お互いに手で拭っている間に『スライムに嫉妬しちゃう。アンナさんの身体にこんなに濃厚に触れることができて』『ヤマモトさん……恥ずかしい』『ねえ、アンナさん。一緒にスライムになりましょ』と言ってお互い良い雰囲気になり……」


「いやあーー! もう、殺して!」


 そう絶叫した私は、丁度追いついてキョトンとしているオリビエにすがりついた。


「頼む、オリビエ! この剣で何も言わず私の首を落としてくれ……後生だ!」


「え! 先輩、何を……所で呪いの書物は」


「ぬ? ああ、これか。確かにアンナの妄想、呪いのごとしだな。いいところに来た。一足先にオリビエにもこの名作を聞かせてやろう。特に最もアンナの才能を感じたのは、海で水着を忘れて困っているアンナに、ヤマモトが『可哀想なアンナさん。大丈夫よ。私が水着になってあげる』と言って……ぬ? アンナ、何を笑っている」


「ふ……ふふ……うふふふ……」


「せ、先輩?」


「そうだ。こんな素晴らしく冴えた解決があろうとはな。この場に居るのはクロノ。お前とオリビエのみ。他の者は書物の中身を知らない。と、言うことは……」


「お、おいアンナ! なぜ剣を抜く? なぜ、私ににじりよってくる? 落ち着くんだ! お互い落ち着いて話そう!」


「落ち着いてもらっては困るのだ、クロノ。うふふふ……大丈夫、一瞬で葬ってやる」


「おい! 貴様……才能を褒めた相手になんたる……」


「はい、そこまで」


 後少しで間合いに入ろうとしていた私の前に先生が事もなげに現れた。


「ふふふ……先生、どいてください。書物を読まれました。目撃者は消さねば」


「ありゃ、アンナが壊れてる。全く何やって……大丈夫だアンナ。今から石の力でコイツらの記憶を消してやる」


「へ?」


 思わず先生の顔を見直した。

 先生……石、使えたの? あと、記憶って?


「ああ、お前も知っての通り私の中にも微量の石の成分がある。だから、書物の中の記憶程度なら操作できるんだ。それを2人に使う。そうすれば2人とも。いいな2人とも! 合図をしたら忘れるんだぞ。言わなくなるんだぞ!」


 なぜか、先生が一部の言葉だけやたら強調してたのと、クロノとオリビエが慌てて頷いたのは気になったが、先生の言葉通り先生の合図と共にそれ以降、クロノとオリビエの口から書物については全く聞かれなくなった。

 しかも!

 私からそれとなく水を向けても、2人とも視線を彷徨わせて「何のことか覚えていない」と言っていた!


 やった……さすが先生。

 そして万物の石!


 こうして私の元に再び書物が戻ってきた。

 今度は念のため、市場で買い求めたおどろおどろしいカバーをかぶせて、さらに念のため「開くな、呪い! 読んだら世界は滅ぶ!」と書いたので、もう大丈夫だ。

 私は書物を撫でながら、新たな「ヤマモトさんとの濃厚な愛の軌跡」の構想を練る。

 ああ……今度は、ヤマモトさんと私が剣と盾に扮して、お互いの愛を確認……


「ねえ、アンナさん。さっきから大事そうにしてるその本ってなに? 私も本って大好きなんだ。良かったら教え……」


「リムちゃん! このシチュー美味しいぞ。食べてくれ!」


「え? オリビエ……別にシチューは……」


「ヤマモト! 食べ終わったらみんなで歌でも聞きに行かないか! そうしよう! 有名な歌い手が丁度この街で集会を……」


【終わり】

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