アンナさん、囚われの姫になる

「下がれ! 馬鹿でも……あれ? 馬鹿たち!」


「違うよ! 馬鹿どもじゃん!」


「うるさいな! 何でもいいじゃん」


 そうだ! ガキども……じゃない! 子供達! 何でもいい。

 私に書物を!

 そう思うがいなや私は、驚くほどの早さでごっこ遊びをしている子供達の元に走り込んだ。


「あ! おっかないお姉ちゃ……じゃない。アンナ様!」


 書物を持っているガキ……アレクは私を見て、後ずさりしながらそう言った。

 く、このガキ。 


 以前屋敷に潜入したとき、6歳のくせに無礼にもヤマモトさんのスカートをめくったので、胸ぐらつかんだだけなのに……

 その後で「おっかないお姉ちゃん」とずっと言ってたから、しっかりと呼び方から教育しなおしたのだ。

 ヤマモトさんのスカートをめくるなど、その場で首を落とされても文句言えないほどの重罪だが、胸ぐら掴んで教育しなおす程度で済ませる慈悲は我ながら秀逸だった。

 子供には優しさが一番だとヤマモトさんに教わったからな。


 それに万に一つ、このガキが将来ヤマモトさんの手下になった際、恥ずかしくないようにと。

 この場でもちゃんと様づけできるとは、やはり私は子供の心を開く才能があるらしい。

 ヤマモトさんにぜひ報告しよう……いや! そんな場合じゃ無い。


「良く言えたな、褒めてやる。それはそうとして今すぐその本をよこせ」


 だが、アレクは予想に反して書物をしっかり抱きかかえたまま離さない。


「やだよ! これ、俺のだよ」


「な、なにい! ……ふざけるな! 上官命令だ!」


「アンナ様のジョ……メイレイでも絶対やだ!」


「貴様……速やかに渡さねば処罰するぞ」


「ショ……え? いいもん! すぐにエッタ先生呼ぶから。知ってる? これって『ギャクタイ』って言うんだぞ」


 よりによってアレクのたわごとに他の2人のガキも同調し始めた。


「そうだ! ギャクタイ」


「ギャクタイ姉ちゃん!」


「リムの方が優しくて可愛いし!」


「それは私も同感だ。貴様、分析力がある。将来ヤマモトさんの護衛にしてやろう。良かったな。……だが『リム』ではなく『ヤマモト様』だと教えただろ、馬鹿者! 後、なぜか無性に腹が立つ。上官を不快にさせた罰だ。処罰するぞ!」


「エッタ~! ギャクタイ姉ちゃんがいるよ!」


「ばか! アンナ様って言っとけ! アンナ様『オトナゲナイ』から、すぐ怒るんだよ」


 く……くうう……

 私が歯がみしていると、オリビエがガキどもの前に歩み出た。


「先輩。ここは俺に」


「無用だ、オリビエ。私だけで充分。子供の対応には自信がある」


「もちろんです。先輩にはかないません。でも、先ほど対応を参考にさせて頂いたので、ここからは俺にも実践させてください。難しそうなら助けて頂ければ有り難いです」


「……ふむ、そこまで言うなら分かった。お前に任せよう。だが、無理そうなら私が出る」


 オリビエの奴め、中々自己分析が出来ているな。

 私が鷹揚おうよううなづくと、オリビエはニッコリと笑って頭を下げた。


「有り難うございます、先輩。さて、君たち。その本はこの人の物なんだ」


「え? 違うよ! これ、ここの奴だよ」


「勘違いさせてゴメン。俺たちが置き忘れたんだ。その本はすごく大事で、それが無いと俺たち怒られちゃうんだよ。だから、返してもらえると嬉しい。もし、聞いてくれたら俺たちも君たちのして欲しい事を聞くよ」


 そう言うとオリビエはガキ共に頭を深々と下げた。

 む、何という。

 そんなことをしても舐められるだけ。

 だが、ガキ共は意外な事に顔を見合わせて何やら話し始めると、アレクが言った。


「じゃあ、悪の親玉になってよ。俺たちが正義の英雄だから」


 はあ!? 私たちにごっこ遊びしろ? 馬鹿も休み休み……と思ってたらオリビエはニッコリと笑って言った。


「オーケイ。じゃあ今からやろうか。懐かしいな」


「じゃあ、俺たちは正義の英雄。オリビエって言うの? オリビエは俺たちの先生。アンナ様は悪の親玉」


「はああ!? 私が悪? 普通に考えて囚われの姫だろうが! そんな役ならやらん! 決めた。貴様ら処罰だ!」


「いいもん! じゃあ本、返さない! エッタも呼ぶぞ。ギャクタイされる、って」


「まあまあ2人とも。オーケイ、じゃあこれはどうかな? 俺が君たちの先生だが、実は悪の親玉。こっちのお姉さんが親玉に見えるけど親玉の魔法で悪者にさせられてる、実は美しくて優しい誰からも愛される姫。どうです、先輩?」


「ふむ。……まあ、それならやってやらんでもない」


「さすが心が広い。ありがとうございます、先輩。アレクはどうかな? こっちのお姉ちゃんは我慢したんだから、アレクも男だったら我慢してくれると嬉しいな」


「分かった。オリビエがそう言うなら我慢する。アンナ様、それでいい?」


「……じゃあ私もそれでよかろう」


「よし、2人とも流石だな。じゃあ始めようか」


 ※


 ああ……疲れた。

 剣の修行より疲れる。

 

 あまりに疲労を感じたので、10分ほどでオリビエに任せて、近くに置いてある童話を読みながら時々適当に「消えろ」「ふはは……殺すぞ」と言ってるだけだったが、オリビエは30分ほど根気強く付き合っていた。 

 こういう奴が良き父親になるんだろうな。

 まだ子供への対応はなってないところも多いから後で指導せねばだが、まぁ及第点だろう。

 そんなこんなで満足したのかアレクはニコニコと書物を持ってきた。


「ありがと、オリビエ! 楽しかった」


「俺も楽しかったよ。またやろうな」


「うん! 今度いつ来るの? 明日?」


 む? アレクの奴、私にはそんな事一言も言わなかったのに!

 ってか、私へのお礼は!?


「ごめんな。いつ来れるか分からない。でも、また来るよ」


「え~!」


「私たちは戻ってくる。喜べ」


 私の言葉にガキ共は「あ……はい」と何故か目を伏せて頷きながら書物を差し出した。


「じゃあ約束だから、本。……オリビエ、絶対また遊ぼうね!」


「ああ、男の約束だ」


「うん!」


 むむ……なんだ? このイライラは。

 まあいい。

 書物さえ手に入ればコッチの物。

 もうガキ共には用はない……って、あれ!?


「どうしました、先輩」


「……これ……書物じゃ無い」


 私は呆然と書物……だと思っていた物を見ていた。

 その本の表紙にはデカデカと「わんぱくウサギの大冒険」と書かれており、ウサギが得意げに剣を構えている絵が描かれていた。

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