アンナさん、嘘を塗り固める
まずい、これは考え得る限り最悪の事態だ……
中庭のベンチに座り込んだ私は、思わず額に手を当ててうめいた。
「アンナ先輩、お気持ちは分かりますがまずは冷静になりましょう」
「ああ、分かっている。だが、子供はマズい」
「そうですね。ですが、禁書というのは往々にして古代語で記されている物なので、その点は大丈夫なのでは」
「い、いや、ダメだ。実はあの書物は意思を持っていて、手に取った相手の言語レベルに合わせた言葉になるのだ」
「それは……かなり深刻な事態なのでは。中に宿る悪霊によるものですか?」
「そう……だな」
「だとすれば、子供が読む事もそうですが、ここの職員が子供から手に入れ中を読み上げる事も……」
「言うな、オリビエ! 頼むから!」
「世界の存亡を背負う先輩のお気持ちも考えず……軽率な言動失礼しました。しかし、先輩らしくも無い。そのような禁書をなぜ置き忘れなど」
「う……それはな……実はその書物の発する邪悪なオーラは長時間身につけていると、その者の心身を蝕む。そのため、一時的に離していたのだ。しかも、書物は隙あれば持ち主の意思を操り、自らの存在を忘れさせようとする。より読ませやすい相手を探すためにな。忘れたのはそのためだ。そのような危険な物を持つリスクは私だけで充分だ」
その場逃れの大嘘もいいところだが、オリビエは信じたのか目を閉じて軽く首を横に振った。
「周囲のために自らを投げ打つ事が出来る。先輩のそのような所は尊敬します。ただ、お願いだからお一人で背負わないでください。皆にも分けてください」
「無用だ。存在を知るだけでも禁書に目を付けられる。だからお前もこの事が終われば書物のことは忘れるように。いいな」
「いいえ、俺は先輩一人に背負わせたくありません。お断りします。皆を巻き込みたくないのであれば、せめて俺だけでも。兄弟弟子なのに水くさいこと言わないでください。どうか俺にも書物を持たせてください! お願いします」
そう言ってオリビエは深々と頭を下げた。
く、くうう……
また、のっぴきならぬ事態に……
お前に書物を渡せるわけ無いだろう!
釘を刺しておけば中を読むことは無いだろうが……いや、ダメだ!
「夜の隙間に咲く百合の花」なんてタイトルの古代の禁書があるわけ無い!
表紙はリルルとメルが抱き合って、見つめ合ってるし。
こうなったら「書物の封印作業」と言ってカバーを厳重にかけるしかない。
そうしよう。おどろおどろしいデザインの物を市場で適当に見繕って。
いや待て。
それはそれとして、コイツに所持させるといらぬ気遣いをして、私に黙って古文書の研究者に見せかねない。
そうなったら、研究者が最初に見るのは表紙の裏に記した「ヤマモトさんと私のあれやこれやの濃厚な夜の場面」
うう、身体が震えてきた。
それも恐怖だが、オリビエがもし妙な義侠心を出してみんなに……
(みんな、実はアンナ先輩がとある禁書をお一人で所持されている。これは所持するだけで持ち主に危険が伴うため、お一人で背負い込まれていた。そうですね、先生)
(その通りだ。アンナはずっとその恐怖と戦っていた! ああ……なんと不憫な弟子。涙が止まらん)
(なので、先輩には内緒だが今後はみんなで順番に所持しよう。そして頃合いを見て先輩に話そう。もうお一人で背負わなくて良いんですよ、と。その書物はこれだが……)
「あ~! もう殺して!」
思わず声を上げて頭を抱え込んだ私にオリビエが優しく声をかけた。
「そんなに震えて、悲鳴まで上げて……でも大丈夫です、先輩の責任ではありません。全ての責任は禁書に巣くう悪霊にあります」
いや、全ての責任は私にあるのだが。
「必ず書物を取り戻しましょう。良かったら先輩は少し休んでいてください。表紙の特徴を教えて頂ければ俺が動きます」
ありがとう。
表紙の特徴だがタイトルは「夜の隙間に咲く百合の花」で、二人の少女が抱き合っているイラスト付きだ。
その下には補足で「リム・ヤマモトとアンナ・ターニア愛の日々」と書き加えられている。
どうだ、分かりやすいだろう。
……なんて、言えるか!!
「大丈夫だ。もう回復したので今から動く」
「いえ、先輩! もう少し休んで……」
「私をあなどるな。世界の危機だ! 休むのは事が片付いてからにする」
オリビエは無言で私の顔を見ていたが、やがて何かを決意したように表情を引き締めて頷いた。
「分かりました。先輩の覚悟、確かに受け取りました。でも、約束してください。決して無茶はしないと」
「もちろんだ」
うう……会話だけ聞けば、物語のクライマックスに出てきそうな場面だな。
実際はあの書物なのだが。
※
うめいてばかり居ても仕方ないので、とりあえず大広間に向かうことにした。
確か今は自由時間なので、子供達のほとんどは広間にいるはず。
そこでなら手がかりもつかめるだろう。
入ってみると、中はまさに戦場。
子供達のすさまじい歓声と、先生方の注意する声。
全く、何という平和な光景。
「みんな元気ですね。とても先生に伺ったあんな出来事の後とは思えない」
「そうだな。ヤマモトさんの身を挺した行動のおかげだ」
「でも、先輩の勇気もあったと思いますよ。リムちゃんがギリギリの所で踏みとどまれたのは紛れもなく先輩のお気持ちです」
「ふっ、オリビエ。褒めてもお前に惚れることは無いぞ」
「先輩のお気持ちは知ってるので大丈夫ですよ。俺は先輩を応援してますので。それに安心させることを言うと、俺も城に許嫁がいます。可愛い奴です」
「そうか、ではそちらの応援は私にさせてくれ……って、あれは!」
私の目は広間の隅でごっこ遊びをしている4人の男子に向いた。
あれは……本ではないか!
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