第7章【3】
集合場所の大衆食堂に着くと、ジルは当然のように六花の
賑わう店内で、六花はしばらくセヴィリアンの言葉を考えていた。ふたつの世界を行き来していた自覚のない六花にとって、セヴィリアンの言葉は信じられないものだった。自分に魔力回路がふたつも存在していることもよくわからない。それでも、魔法の専門家がそう言うのなら、きっと間違いではないのだろう。
「あいつの話、どう思う」
ジルが静かにそう問うので、六花は顔を上げた。
「正直……僕にはよくわかりません。僕は、生まれたときから向こうの世界にいたという記憶しかないんです。でも……父は間違いなく向こうの世界の人だって、断言することもできません。父の生まれが向こうの世界という証拠もないですから」
「お前が幼い頃に世界渡航したなら、記憶に残っていなくても無理はない」
「はい……。せめて父とコンタクトが取れたらいいんですが……」
「その電話は一度、トーリと繋がった。希望はまだ残っている」
「はい……」
きっと父なら何か知っているだろう、と六花は考える。六花がこの世界に来てしまった理由もわかるかもしれない。六花にとって最も恐ろしいのは、父に二度と会えなくなること。父の元へ帰れるなら、どんな方法であれ、それ以上に良いことはきっとないだろう。
「六花! ジル!」
明るい声に振り向くと、エセルとルーラ、ロザナが店内に入って来るところだった。宿に寄って荷物は置いて来たようだ。
三人が席に着いて料理の注文を済ませたあと、六花はジルの補足を受けながらセヴィリアンの話を三人に伝えた。ルーラが難しい顔で、なるほどね、と呟く。
「となると、リッカがこちらで元の世界に戻って来た、とも言えるのね」
六花は肩を落とした。その可能性があることは、自分でも考えていた。そうであってほしくない。だが、否定できないのが現状だ。
「一度目の世界渡航は正式な渡航だった」エセルが言う。「リッカの父上か母上が魔力を持っていたんだろうね」
「今回の渡航は事故のようなもの、と考えられるね」と、ロザナ。「リッカは魔力値ゼロなんだから」
「ですが、僕は向こうの世界に両親がいました。ふたりともこの世界の人間ということですか?」
六花が肩を落としつつ言うと、エセルとロザナは、うーん、と唸って腕を組む。先に口を開いたのはロザナだった。
「再婚でない限り、そうなんじゃないかな」
「再婚ではありませんが……」
「それなら、ふたりとも魔力持ちだったのよ」ルーラが言う。「なぜリッカが受け継いでいないのかはわからないけど」
「考えられるのは」と、エセル。「向こうの世界で、リッカが魔力を失った、ということだ」
両親が元々こちらの世界の住人であると考えれば、魔力を持っていたのは当然と言える。だが、これまで六花は魔力値ゼロであることで珍しがられていた。通常、両親が魔力を持っていれば、その子どもにも受け継がれるはず。鑑定の結果、六花は正真正銘の魔力値ゼロだった。それでも魔力回路が存在しているのは、魔力を持つ両親から生まれたため。エセルの言う通り、向こうの世界で魔力を失ったのなら、魔力回路を持ちながら魔力値ゼロである理由にも納得がいく。そう考えると辻褄が合う、と六花はまた肩を落とした。
そんな六花を気遣うように見つめながら、エセルがさらに口を開く。
「こちらへの渡航は強制的なものだった。なんらかの力がリッカに働いたんだろう」
「……もう一度、妖霊殺しに会えないでしょうか」
俯いたまま言う六花に、四人は言葉を選ぶように口を噤んでいた。
「妖霊殺しは、きっと何か知っています。手掛かりになることを知っているかもしれません」
「でも、妖霊殺しは神出鬼没よ」と、ルーラ。「会おうと思っても、狙って会えるかどうか……」
「妖霊殺しはリッカに反応していた」ジルが言う。「リッカが迷宮にいれば、また接触して来る可能性はある」
「なんにしても迷宮攻略か」
エセルが小さく息をつく。妖霊殺しが迷宮内にしか出現しないなら、迷宮内で接触を試みるしかない。六花はまだこの先、何度も迷宮攻略に向かうことになるのだ。
「妖霊殺しとの接触を狙うなら」ロザナが言う。「いままで通り、中級以上の迷宮に行かないといけないね」
「低級の迷宮には出現しないんですか?」
「そうだとされているよ。あたしたちは元々、中級以上の迷宮にしか行かないんだけど」
「じゃあ、いままで僕がついて行った迷宮も中級以上だったんですか?」
「そうだよ」エセルが微笑む。「低級の迷宮は僕たちよりランクの低い冒険者に譲っているんだ」
「あたしたちが低級の迷宮まで攻略していたら」と、ルーラ。「ランクの低い冒険者が攻略する迷宮がなくなっちゃうもの。だから、リッカのお陰でだいぶ楽になったから、あたしたちもリッカがいてくれるならありがたいわ」
異世界から来た六花にとって、自分の存在を受け入れてくれる人たちがいることは僥倖であった。ひとりでは妖霊殺しに接触できなかったどころか、迷宮攻略にすら行けなかった。
「もしもの話で申し訳ないが」エセルが言う。「リッカがクランにいてくれるのは大歓迎だよ。もし戻れなくても、僕たちはきみを受け入れる」
「……ありがとうございます。みんなに出会えて、僕は幸運ですね」
父も塔理もいなければ、六花はきっと、こちらの世界で生きることを受け入れただろう。ふたり以外には向こうの世界に心残りはない。きっと、こちらの世界で生きるのも、悪いことではないだろう。
「そうと決まれば」ルーラが明るく言う。「リッカの暮らしをもっと快適にする道具を買いに行きましょ」
「そうだね」と、ロザナ。「一時的な滞在のつもりでいたけど、長くなるかもしれないと考えたほうがいいね」
「でも……僕はお金を持っていません」
「心配いらないよ」エセルが微笑む。「いままでの攻略で得たリッカの分の報酬は僕が預かっている。世界が変わると、物価の違いもあるだろうからね」
それはその通りだ、と六花は考える。そもそもこちらの世界の通貨すら知らないのだ。リーダーが預かってくれるならそれ以上に安心できることはない。
昼食を終えると、彼らはさっそく街へ戻った。ルーラとロザナの「これが何の役に立つか」という説明を受けながらの買い物は、次第にエセルの両手を塞ぎ、ジルの右手にまで及ぶ。躊躇うことなく買い物をする彼女たちを見ながら、迷宮攻略では自分が思っている以上の報酬が入っているらしい、と六花は考えていた。
怒涛の買い物は日が暮れるまで続いた。宿の部屋に持ち込まれた荷物を見て、面倒だから片付けは明日だ、とジルが言うので食堂に向かう。六花は四人に囲まれていると、ようやく自分の居場所を見つけたような気分だった。
程好い疲労とともにシャワーを終えて寝室に戻ると、ジルはベッドにもたれて本を読んでいる。
今日は早めに布団に入ろう、と考えながらベッドに腰を下ろした六花は、ひとつ息をついた瞬間、突如として昼間のことが脳内に浮かんだ。その途端、カッと顔が熱くなって思わず俯く。ジルはもう忘れたかのような態度だ。
自分から言うのは気が引けるが、と考えつつ、六花は口を開く。
「あの……ジル……」
「ん?」
「その……ジルは……い、いつから、僕を……」
質問したこと自体が間違いだったような気がして、六花はさらに顔が熱くなった。ジルは特に気にした様子もなく、そうだな、と落ち着いた声で言う。
「……お前は、自分のスキルの有用性をよく理解できているとは言えない」
「え……」
「お前にとっては不本意だろうが、俺たちといることで、お前の存在は迷宮専門クランの中で噂になっている」
それは六花もなんとなく気付いていた。冒険者ギルドでは、迷宮専門クランの最高峰であるフランクランの存在はかなり目立つ。目立つ人々とともにいれば、見慣れない六花が気になる者もいるだろう。そうなれば、六花の存在が目立つのも致し方ないことだ。それはおそらく、他の三人も共通の認識だろう。
「お前のスキルが明るみに出れば、狙われることもあるだろう。だが、お前にはその自覚がない」
「はい……」
「だから守ってやらなければならないと思っていた。それだけのことだ」
ジルの声は淡々としている。六花にはそれがどうしても、塔理と重なった。
塔理はいつも当たり前のように六花のそばにいて、様々な悪意から六花を守っていた。それが当然だと言うように。それが余計に六花の胸を痛ませた。
「……お前が嫌ならそれで構わない。俺が勝手にお前を守っているだけだ」
「…………」
嫌だとは思わなかった。ただ、塔理と重ねてしまうことで六花が罪悪感を懐いているだけだ。塔理への想いを振り切らなければ、応えることはできない。礼儀に欠けた行為をするわけにはいかない。
六花がそんなことを考えているとジルが気付いているかは六花にはわからないが、彼は冷静な表情を崩さなかった。
「もとの世界に戻るまで、そのスキルは隠し通せ。いつ狙われてもおかしくないぞ」
「はい……」
きっと最初に出会ったのがフランクランでなければ、このスキルは悪用されていた。それだけは六花にもよくわかる。守られている分、役に立たなければならない。六花にはまだそれだけの自信はないが、それが守ってくれるフランクランへの礼儀だ。礼儀を重んじるように、とは祖父が口癖のように言っていたことだ。
(あれ……。父さんと母さんがこの世界の住人だったってことは、おじいちゃんも……?)
この世界も、六花自身も、まだ解明していないことが多くある。いまだ圏外のスマートフォンが父と繋がることを願わずにはいられなかった。
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