第5章【6】
冒険者ギルドは、討伐から戻って来た冒険者で賑わっていた。みな、達成感に満ちた表情をしている。結果は上々のようで、カウンターで報酬を受け取る者もあった。
六花がきょろきょろしていると、掲示板のほうから呼ぶ声があった。フランクランの四人が六花を待っている。彼らの表情は明るく、作戦が成功したことを物語っていた。
「みんな、無事でなによりです」
「ありがとう。診療所には行ったかい?」
「はい」
「じゃあ、宿に引き上げよう。報告は他のクランがしてくれるはずだ」
六花は首を傾げる。他の冒険者はカウンターで報酬を受け取っており、フランクランもそうするのだと思っていた。しかし、報酬を受け取る冒険者はカウンターで列を作っている。あの列の最後尾につくのは骨の折れることだ。六花としては、早々に宿に引き上げるのはありがたかった。
宿の食堂でテーブルに着く頃には、すっかり日も落ちていた。ちょうど夕食時で、食堂も賑わっている。六花はもともと、賑やかな場所が苦手だった。それが気にならなくなっているのは、フランクランのそばにいるからなのだろう。
六花はセヴィリアンの鑑定結果を四人に伝える。新しいスキルのことは話しておかなければならない。
「新しいスキルか……」と、エセル。「身代わりのお守りとスキルで二度の転移をしたんだね」
「はい」
「精神的負荷を減少させられるのはいいと思うわ」ルーラが言う。「共鳴のおかげですぐジルが見つけられたし。でも、勝手に転移してしまうのは考えものね」
「そのせいでリッカは雨に晒されてしまったしね」
ロザナの言葉に、エセルとルーラは重々しく頷く。スキルだけで精神的負荷を減少させられるのは効果的だが、転移で仲間とはぐれることは好ましくない。セヴィリアンの言っていたとおり「もろ刃の剣」なのである。
「そのお守りを外してみたらどう?」ルーラが言う。「今回みたいなことがまた起こるかもしれないわ」
「だが、リッカは取り憑かれ体質だ」と、ジル。「外すことで、より妖霊が寄って来やすくなるんじゃないか」
「うーん……そっか……」
「それに今回、リッカは迷宮自体に観測されていた。妖霊がリッカの名を呼んでいただろう」
雨林にいた妖霊は、はっきり「六花」と名を呼んでいた。異世界から来た六花を妖霊が認識しているのは、どうもおかしな話だ。
「リッカがこの世界に来たことが影響してるのかな」
首を捻るロザナに、同じように難しい表情をしたルーラが頷く。
「そうだとしたら、この世界にとってリッカが特別な存在ということだわ」
六花にはまったく心当たりがない。この世界は六花にとって異世界で、たまたま転移しただけであるこの世界で六花の存在が認識されている。それは異様な状況だった。
「次にセヴィリアンのもとに行くことがあれば、もっと詳しい鑑定をしよう」
エセルの言葉に三人が頷いたとき、頭上で報せ鳥が瞬いた。魔法を解いたエセルは、さらに険しい表情になる。あまり良い報せではないようだ。
「次の迷宮情報が出たみたいだ。『遊園地跡』だ」
その途端、ロザナとルーラはより苦虫を嚙み潰したような表情になってしまう。
「なんてこった……」ロザナが言う。「ここへ来て最も厄介な迷宮が出るなんて」
「危険な迷宮なんですか?」
六花の問いに、ルーラが重々しく頷いた。
「遊園地跡の攻略は、いままでよりはるかに命が危険に晒されることになるわ」
迷宮攻略は命懸けである。六花は雨林でそれを思い知ったが、彼らがここまで警戒するということは、その危険度は六花の想像をはるかに超えるらしい。
「説明も兼ねて妖霊の確認をしよう」エセルが話し始める。「まずは『美しき棘』。設置型で、地面の下に埋まっている。その場所を踏むとつるに捕まるんだ」
「捕まって身動きが取れないあいだに他の妖霊が向かって来ることもあるわ」と、ルーラ。「探査魔法で感知できるし、魔笛で散らすこともできるけど、できるだけ避けたい仕掛けね」
つるに捕まることも厄介だが、もし魔笛で散らすことになれば、その音が他の妖霊に届くこともあるだろう。慎重に進みたいところで厄介な邪魔者になる可能性のある妖霊だ。
「次に『道化師』。徘徊型で、目が良いし足も速い。観測されるとほとんど逃げられないと思っておいたほうがいい」
「じゃあ……観測されたらどうするんですか?」
「引き連れたまま攻略するしかないね」
なんでもないことのようにエセルは肩をすくめるが、六花にとっては衝撃であった。妖霊に追われたまま攻略したのでは、充分な探索もできない。足を止めている暇がなくなるのだ。そんな状態でも攻略を完了させられる自信を四人は湛えている。きっと彼らだから可能なことなのだろう。
「道化師は観測を防げばなんてことないよ」と、ロザナ。「リッカの“隠れ身”も活躍するだろうね」
「そうみたいですね……」
雨林では、クマのベリーに観測されても走って逃げた。それはクマのベリーの足が遅いからであって、他の妖霊には使えない戦法だ。道化師との対峙では、一度も観測されないことが望ましい。それだけで正気度が削られそうだ、と六花は考えていた。
「それから『ダビデ』だ。叫び声を上げながら徘徊している。耳が良く目が悪い」
「寡婦と同じような妖霊ということでしょうか」
「そうだね。足音を立てなければ観測されないけど、慎重になれば精神的負荷がかかるのは防げないだろうね」
六花は「イェレミス研究所」で遭遇した妖霊の「疾呼の寡婦」との相性が悪かった。かなり遠い場所から聞こえる叫び声に反応し、正気度があっという間に削られた。「ダビデ」も似たような妖霊なら、六花は警戒をしておくべきだろう。
「最も厄介なのが『仮面の外科医』だ。仮面の外科医は、触れて動けなくなると、マチェットで攻撃して来るんだ」
六花は顔面から血の気が引くのを感じた。これまでの妖霊は、なんとか接触してダウンすることを避けられていた。そのため、六花はダウンしたあとのことを知らない。それでもエセルがそれを口にしたということは、それは「仮面の外科医」だけの特徴なのだろう。
「他の妖霊に触れて動けなくなったときでも、仮面の外科医はそれを感知して向かって来るんだ」
「じゃあ、遊園地跡内で動けなくなってしまったら、もうそれで……」
六花はそれ以上、言葉を続けることができなかった。あまりに凶悪すぎる妖霊に、身の毛もよだつ気分だ。しかし、いや、と再び口を開いたエセルの声は明るい。
「結界と物理攻撃無効化で攻撃は防ぐことができるよ。ただ、その場から離れることができないからね」
「助けに行った人が魔笛で引き付ければ離せるけど」と、ルーラ。「仮面の外科医は興奮状態になって、少しでも物音を立てればまた観測されてしまうわ」
「いままで仮面の外科医の前で動けなくなったことはあるんですか?」
「僕たちはないけど、リッカの“隠れ身”は仮面の外科医に温存しておきたい。そのために、他の妖霊に観測されることも防がなければならないんだ」
「より慎重になる必要があるね」と、ロザナ。「遊園地跡ばかりは、攻略に時間がかかってもしょうがないことだよ」
確かにいままでの迷宮と比べてはるかに難易度が高いらしい、と六花は考える。一度のダウンが死に直結する可能性がある。いままでの迷宮よりはるかに危険度の高い迷宮のようだ。
「リッカの精神的負荷が振り切らないように、事前に準備を万端にしておく必要がある。それと、遊園地跡では僕と一緒に行動しよう。僕の固有スキルが、精神的負荷耐性を上げる効果があるんだ。精神的負荷が大きくなったときに効果を発揮する。ただ、その分だけ体力を消費するんだ」
体力値を削って正気度の減少を防ぐスキルである。体力値を消費すれば、妖霊と遭遇した際に逃げるための体力がその分だけ減ることになる。それでも、彼らは体力増強剤を使う必要がないほどの体力値を持ち合わせているのだろう。きっと自分は体力増強剤を多用する必要がありそうだ、と六花は考えていた。
「体力増強剤を多めに確保しておこう」ロザナが言う。「明日の朝、あたしたちが消耗品を用意して来るよ」
「リッカはできるだけ多く睡眠時間を取るようにしてくれ」
「はい……」
六花はすでに少しだけ怯んでいた。これまで深く考えていなかったが、迷宮は命懸けの攻略である。いままでは彼らにとって難易度の低い迷宮だったために余裕があったのだろう。彼らが警戒する迷宮となれば、六花の気が落ちるのも致し方ないことのはずだ。
「心配は要らないよ。僕たちだからこの依頼が来たんだ。いままでに何度も攻略しているんだよ」
彼らの表情には自信が湛えられている。命が危険に晒される可能性があったとしても、彼らにとってはそれほど大きな脅威ではないのだろう。
「今回はリッカのスキルもある。いままでほど苦労はしないはずだ」
「リッカのことはあたしたちが守るから心配は要らないよ」
「はい……。お役に立てるように頑張ります」
彼らの命が脅かされることを自分のスキルで防ぐことができるなら、六花はそれ以上に誇らしいことはないだろう。だが、いままでよりはるかに危険度が高い迷宮という時点で六花は尻込みしている。そんな自分が役に立つことができるのか。六花はそれだけが心配だった。
* * *
寝室に引き上げると、六花はスマートフォンの画面を開いた。相変わらず充電は90%から減っていない。一度だけでも塔理の声が聞けてよかった。あの穏やかな声は、六花に安心感をもたらしてくれる。これでもとの世界と繋がることもわかった。それは六花にとって大きな収穫であった。
しかし、今回の攻略には不可解な点も多くあった。
「妖霊がリッカの名を呼んでいたな」
外套をラックにかけながらジルが言う。彼もその点が引っ掛かっていたようだ。
「何か心当たりは?」
「うーん……。……僕の母親の声に似ていたような気がします」
六花は手元に視線を落とす。それは六花にとって、考えたくもない事実だった。
「いまごろ母親もリッカを探しているんじゃないか」
「……それはないです。もう、どこにいるかさえわからないんです。生きているのかどうかも」
そうか、と呟いてベッドに腰を下ろしたジルは、申し訳なさそうに六花の手に触れる。
「悪い。無神経だったな」
「いえ、僕は気にしていないので平気です。母のことは、忘れたかったから忘れました。異世界で思い出すことになるとは思いませんでしたが……」
雨林での出来事は、記憶の蓋がこじ開けられたような感覚になった。それは決して気分の良いものではなく、六花の心に暗く陰を落とす。
「気になることも言っていたな。まるでこの世界が六花の生まれた場所であるような言い方だった」
「……僕にはよくわかりません。でも……それも、手掛かりがあるとしたら迷宮、なんですよね」
「おそらくな」
早くもとの世界に戻りたい。焦る気持ちを煽るように、迷宮では不可解な出来事ばかり起こっている。まるで、必死に手掛かりを探す六花を嘲笑っているかのようだった。
「でも、次の迷宮は危険度が高いみたいですね」
「リッカには負担がかかるだろうな。だが、俺たちが最後までお前を守り抜くよ」
「はい……。フランクランと一緒にいれば、怖いものなんてないですよね」
「そうであるよう努めるよ」
ジルは悲しみを乗り越えて強くなった。その強さを自分が手に入れることができないのは、六花にもよくわかる。それでも、少しでも彼らの役に立ちたい。もとの世界に戻るまでに、この恩を返したい。その気持ちはおそらく、どんな迷宮を攻略しても変わらないのだろう。
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