第3章【3】
「それで、次は『イェレミス研究所』だったわね」
能力値鑑定の興奮が治まると、セヴィリアンが書類の束を手に取る。エセルたちのもとにはすでに次の攻略依頼が来ていたらしい。
「リッカちゃんのために確認しておきましょ。その前に、護符をリッカちゃんに馴染ませましょうか」
セヴィリアンが縦長の箱を取り出し、中身を六花に見せる。それは赤い結晶に金色の装飾が施されたペンダントだった。
「これも魔道具ですか?」
「ええ。マールム晶石製のね。これは『真紅の護符』といって、瘴気耐性と精神的負荷耐性を上げてくれる装備よ。左手を貸してくれる?」
六花が差し出した左手に結晶を乗せると、セヴィリアンは六花の左手と結晶を両手で包み込む。六花は、なんとなく温かいものが流れ込んで来るのを感じた。
「こうやって体に馴染ませることで、効果をより高く発揮することができるわ」
「マールム晶石と同じ効果があるんですか?」
「基本的な効果はそうね。直接に肌に触れないといけないマールム晶石と違って、身に着けているだけで効果を得られるわ」
六花が感心して眺めていると、エセルが口を開く。
「イェレミス研究所に出現する妖霊は四種類。腐乱体、
「じゃあ、倒せるんですか?」
「残念ながら、魔物として出現するゾンビとは違うんだ。妖霊である以上、迷宮ごとでないと倒せないね」
迷宮の中か外かという話か、と六花は考えた。同じ
「問題は
「近付くと精神的負荷がかかるということですか?」
「そうね」と、ルーラ。「あたしたちは耐性があるからある程度は平気だけど、リッカは耐性がほとんどないから……」
「その対策としての護符ね」と、セヴィリアン。「マールム晶石だけでは間に合わなくなるかもしれないわ」
「なるほど……」
マールム晶石は事後対処である。魔道具を身に着けることで、事前にある程度の負荷耐性をつける。それに加えてマールム晶石も使用すれば、六花の精神的負荷を多少なりとも下げることができるのだ。六花としては、強い精神的負荷に何もせずに耐えられる自信はもちろんないため、頼れる魔道具があるなら最大限に頼りたいところだ。
「護符は使い捨てだけどね~。たぶん一度の攻略でダメになると思うわ」
「こんなに綺麗なのに勿体無いですね」
「いまは綺麗だけど、時間経過で濁ってくるわよ~」
「マールム晶石と同じなんですね」
「ええ。次の攻略にはまた別の物を用意しておくわ」
これも経費なのだろうか、と考えたところで、
「寡婦はこちらの音を感知しないし」ルーラが言う。「リッカの“忍び足”があれば充分に走って抜けられるけど、近付くだけで精神的負荷がかかるのよね」
「そもそも」と、エセル。「迷宮内で走るのは、それだけで精神的負荷がかかるからね」
「迷宮内には瘴気が蔓延しているからね」
ロザナの一言で六花は納得する。瘴気に満ちた場所であれば、精神的負荷耐性を持っていない六花は立っているだけでも正気度が削られる可能性がある。迷宮内にいれば瘴気に触れる。そのために体に合わせた装備が必要になるのだ。
「“獣の絵画”と“首無し剣士”を躱すのはそう難しいことじゃない」エセルが続ける。「獣の絵画は設置型で、視界に入らなければ観測されない。でも、観測されてしまうと他の妖霊に位置情報が共有されるんだ」
「首無し剣士も似たようなものね」と、ルーラ。「首無し剣士は壁を貫通してこっちを観測して来るの。それに、最も近くにいる妖霊に位置情報が共有されるわ」
「感知系の妖霊なんですね」
獣の絵画はいわゆる「しゃがみ歩き」で躱すことができるだろう。首無し剣士は壁を貫通して観測するということは、こちらが先に感知で観測する必要がある。どちらの感知が優れているかと言えば、おそらくフランクランが負けることはないだろう。
「さ、できたわ。これでリッカちゃんの体に馴染んだ護符になったわよ」
そう言って、セヴィリアンが「真紅の護符」を六花の首に回す。探索用の魔石と違い、触れると少しひんやりしていた。
「お次は採寸をしましょ」
「採寸ですか?」
「ええ。体に合わせた衣類にすることで、体に触れる瘴気をできるだけ少なくするの」
六花がいま身に着けているのは、街の武具屋で買った既製品だ。店主により手直しが行われたが、完璧に合っているかと言うとそうではない。フルオーダーメイドにすることで、その機能性をさらに上げるのだ。
「あなたたちは必要な魔道具の数をメモに書いておいてちょうだい」
「ああ、わかった」
自分ひとりのために随分と大事になった、と六花は少し肝を冷やしていた。フランクランの四人はすでに自分に合わせた装備を身に着けているし、耐性も持っている。六花は迷宮攻略向きのスキルを持っているが、能力値が迷宮攻略向きではない。そのため、四人が身に着けている以上の装備が必要になる。いったいいくらかかるのか、と考えたところで、罪悪感が生じるためそこで思考を止めた。こうなれば、スキルを駆使して少しでも役に立つしかない。
四人が持って行く魔道具について話し合っているあいだにひと通り採寸が終わると、セヴィリアンは満足そうに明るく笑った。
「イェレミス研究所には間に合わないけど、その次にはリッカちゃんにぴったりの装備ができてるはずよ。これで活躍できるわね」
「そうでしょうか……」
「魔力値ゼロでこれだけのスキルを持ってるんだから、自信を持っていいわ」
六花は魔法とスキルの違いをいまいち理解しきれていないが、研究者であるセヴィリアンがそう言うなら、と思うと少しだけ心が軽くなった。
四人の注文通りの魔道具が六花の
「護符も手に入れたし」エセルが言う。「これである程度はカバーできるね」
「ありがとうございます。少しでも役に立てるように頑張ります」
「これだけのスキルがあるんだから充分だよ」
明るく笑うロザナに肩を叩かれ、六花は少しだけ安堵していた。迷宮専門クランの最高峰である彼らが自信を持っているなら、と考えると、ほんの少しだけでも自分の能力を信用できるような気がした。
「じゃあ、お昼を食べて午後は街の散策をしましょ」と、ルーラ。「この街で一番に美味しいお店を紹介するわ」
「ありがとう。楽しみだな」
ルーラに頷きながら、六花はふと周囲の様子に目がいった。迷宮専門クランの最高峰である彼らはとても目立っており、そんな彼らが連れている見たことのない人間にも注目が集まっているようだった。それに気付くと、六花はなんとも言えない居心地の悪さを感じる。期待のような、羨望のような、はたまた嫉妬のような。そんな複雑な感情の入り混じった視線だった。
四人が六花を案内したのは、街の外れにある小さなレストランだった。隠れ家といった雰囲気で、目立たず食事をできる場所を選んだらしい。六花が居心地の悪さを感じていることは伝わっているようだ。
料理が運ばれて来るまでのあいだ、六花は改めて自分のステータスボードを眺めた。何度見ても、フランクランと出会うことが予期されていたようなチートスキルだ。チートスキルを持っているからフランクランと出会ったのか、フランクランと出会うに至ったから身に付いたチートスキルなのか。六花は首を傾げるばかりだ。
「次に攻略に入る『イェレミス研究所』は内部構造が複雑なんだ」
食事が始まると、エセルが重々しく口を開いた。
「リッカの“透視”と“共鳴”に頼ることになるだろうね」
「イェレミス研究所も攻略に入ったことがあるんですか?」
「そうだね。ただ、迷宮は同じ迷宮が現れたとしても、その都度、内部構造が変わるんだ」
いわゆる「ランダム生成マップ」だ、と六花は考える。どの迷宮でも六花には初めての攻略だが、何度も攻略している彼らにとって煩わしいことだろう。
「それが迷宮攻略の難しいところだね」ロザナが肩をすくめる。「内部構造がわかれば早いんだけど」
「マップは感知できないんですか?」
「残念ながらね」と、ルーラ。「そもそも、魔法が充分な効果を発揮しない迷宮内で探査と感知の魔法を使うのは、それだけで疲れることだから」
「じゃあ、普通の魔法使いだったらほとんど感知できないんじゃ……」
「そうかもしれないわ。迷宮専門で長いことやってるあたしたちでも疲れるんだから」
六花は「瘴気に満ちた場所では魔法は充分な効果を発揮しない」という点について深く考えていなかった。探査、感知、そして報せ鳥も魔法である。魔法が充分な効果を発揮しない場で、あれだけ正確に魔法を使うことができるのは、厳しい鍛錬を積んで来た彼らだからできることなのだ。
「注意しなければならないのは“寡婦”だな」ジルが言う。「精神的負荷をいかに回避するか、だ」
「護符である程度は防げるだろうけど」と、エセル。「リッカは小まめにマールム晶石を使ってくれ」
「はい」
「それと、精神的負荷は睡眠も関係してくる。今日は充分に休んで明日に備えてくれ」
「わかりました」
彼らがこれほど警戒するのなら、疾呼の寡婦は相当に精神的負荷がかかる妖霊なのだろう。そう考えると途端に緊張したが、彼らがそばにいればきっと大丈夫だと、六花はそう感じていた。
その後、ルーラとロザナがそれぞれ
* * *
ベッドに入ってしばらく、六花は考え事に耽っていた。自分がこの先、どれくらいの時間をこの世界で過ごすことになるのか。彼らと行動をともにすることに不満はない。迷宮が恐ろしい場所であることに変わりはないが、冒険という言葉に心が躍るのは、おそらく誰でも同じだろう。そうであったとしても、六花には心配事があった。
(きっと父さんも心配してるだろうな……。ちゃんとご飯、食べてるかな……)
あの日、父は先に寝室に引き上げて行った。そうでなければ、夜に家を出ようとする六花を引き留めていただろう。さすがの田代たちでも、保護者の権力には勝てなかったはずだ。父は六花の気が弱いことでいつも心配している。せめて、安心できる者たちのそばにいることだけでも伝えられたらいいのだが。きっと心配しきりで、寝食どころではなくなっているだろう。昔馴染みである塔理の母が気に掛けてくれているだろうが、父が憔悴しきる前に帰ることができたらいいのだが。
(早く帰らなくちゃ……。そうしないと、父さんは今度こそひとりきりになってしまう……)
スマートフォンは相変わらず反応しない。また次に塔理と電話が繋がったときに出ることができればいいのだが。充電は90%から減っていない。充電器の存在しない場所であるため、ありがたいチート能力だ。せめて、メッセージアプリだけでも反応してくれたら。
そう考えながら、明日に備えなければ、と目を閉じる。明日が最後の日になるといい。そのときはもちろん、フランクランの四人に礼を用意しよう。それくらいの猶予があることを願って、夜は更けていった。
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