第2章【2】
冒険者ギルドは、冒険者ギルドと言うだけあって、様々な冒険者の姿が見えた。大きい剣を携えていたり、杖を手にしていたり、鎧だったりローブだったり、実に多種多様である。六花のファンタジー世界のイメージと遜色ない光景だった。
壁に取り付けられた掲示板には紙が貼られており、冒険者たちが覗き込んでいる。おそらく
エセルがカウンターに歩み寄ると、よう、と茶髪の男性が軽く手を挙げた。
「来てくれたか。そっちは新顔だな」
男性は六花を見遣る。エセルがすでに報せていたのかもしれない。
「俺はブラント・バーンウッド。このギルドの職員だ」
「鈴谷六花です。よろしくお願いします」
男性――ブラントは、底抜けに明るい笑みを湛えている。初めて出会う六花を訝しむ様子が見られないのは、フランクランへの信用なのだろう。
「今回は『止まり木の館』と似たような迷宮が出現したぞ。『旧ウォルター邸』だ」
止まり木の館は六花がこの世界に来たときの迷宮だ。貴族の屋敷のような場所だった。
「ちょうどいいけど面倒ね」
ルーラが唇を尖らせるので、六花は首を傾げる。
「旧ウォルター邸は一度、攻略したことがあるんだ」と、ロザナ。「ここも厄介な迷宮でね」
「同じ迷宮が出現することもあるんですか?」
「何度もあるよ」エセルが肩をすくめる。「新しく出現することもあるけど、繰り返しの場合が多いね」
「繰り返しのほうが楽ね」と、ルーラ。「妖霊の情報は全部わかってるし」
新しい迷宮となると、妖霊の情報をいちから集めることになる。内部構造も攻略で調査するしかないと考えると、繰り返しのほうが楽という言葉もよくわかった。
「新顔のために情報を整理しておこう」
ブラントが紙束を取り出す。迷宮の情報がまとめられているのだろう。
「旧ウォルター邸に出現する妖霊は三種類。『喪服の女』『黒い執事』『ドレスの子ども』だ」
迷宮名の通りかつて人が暮らしていた場所となれば、妖霊もそれらしいものになるのだろうか、と六花は考える。妖霊の名前から、貴族が暮らしていた屋敷であることが想像できた。
「喪服の女は近付くとヒールの足音がする。目が良いから、視界に入らないようにしないといけない。黒い執事は足音がしないが、蝋燭を持っている。耳が良く、歩く足音だけで観測されてしまう。ドレスの子どもは徘徊しない。目も耳も悪く足音を潜めればすぐ後ろでも通り抜けられるが、観測されるとなかなか追跡が切れない。どこかでやり過ごす必要があるな」
旧ウォルター邸は完全に攻略し尽くされているようだ。妖霊がどういった動きを取るか把握しているなら、攻略はさほど難しいことではないのだろう。
「妖霊には近付かないのが基本だ。一撃でももらえば動けなくなるからな」
妖霊に触れるとダウンするということか、と六花は考える。回復魔法は効果を発揮しないため、魔道具である回復薬が必要になるのだ。
「旧ウォルター邸に罠はない。妖霊に注意して攻略すれば簡単だ」
「攻略難易度は低いし」と、エセル。「リッカのスキルを試すにはちょうどいい迷宮だ」
六花は安堵の息をつく。攻略難易度の高い迷宮から始めたのでは、スキルを試すどころではなくなる場合もある。もしそうなれば、六花は宿で留守番をしているしかなかっただろう。
「途中までは四人で行動しよう。リッカのスキルの確認が済んだら分散して攻略する。リッカはジルと行動してくれ」
六花はジルを見上げた。六花としても、この世界に来てからずっと行動をともにしていたジルがそばにいてくれるなら安心できる。それはエセルたちもよくわかっているようだ。
「ジルはあたしたちの中で最もスキルが多いのよ」
へえ、と六花が感嘆を漏らすと、ジルは軽く肩をすくめた。
「魔銃士という特性上、自然と増えただけだ」
ジルは銃を携えているだけでなく、探査魔法も使っていた。魔銃士というのはおそらく、魔法も使える銃士ということだろう。魔法も使えるとなれば、それに付随するスキルが多くあるのかもしれない。
「魔道具の用意は充分か?」
ブラントの問いに、エセルは真剣な表情になった。
「探照灯を用意できるか?」
「探照灯か。いくつか在庫があったはずだ。持って来るよ」
ブラントがカウンターの奥に入っている。冒険者ギルドと言うだけあって、冒険に必要な道具を揃えることもできるようだ。
「喪服の女が最もわかりやすいから」ルーラが言う。「できれば喪服の女でリッカのスキルを試したいわね」
「“隠れ身”なら喪服の女」と、ロザナ。「“忍び足”は黒い執事かな」
「まずは“忍び足”を確認したい」と、エセル。「それと“チーター”だ」
六花の持つ「チーター」というスキルは、スキルの効果を周囲の者にも与えるスキルらしい。「忍び足」が常に発動しているスキルなら、エセルたちも足音が立たなくなっているだろう。耳が良い妖霊なら、充分に確認することができるはずだ。
「先に黒い執事からだな」ジルが言う。「喪服の女はその次だ」
六花は、自分がこれから迷宮攻略に行くと考えると、一気に緊張感が増していた。迷宮はダンジョンで、六花はダンジョン攻略などゲームでしかしたことがない。ダンジョンのない世界で生きて来たのだから当然だが、いまの六花と同じ状況になって喜ぶ者もいるだろう。六花としては、諸手を挙げて喜ぶことはできないのが現状である。
「別行動になったら“透視”を試してみよう」と、エセル。「“救援隊”は積極的には使わない方向で」
六花のスキルを見れば、スキルを利用するだけするというクランもあるかもしれない。もとの世界には帰らせずに六花を利用しようとするクランもあるはずだ。六花がもとの世界に戻るための情報を集めることも想定してくれるクランに出会えたことは、六花がこの世界に来て最も幸運なことだろう。
「あったぞ。いくつ持って行く?」
戻って来たブラントは、探照灯が詰め込まれた箱を手にしていた。迷宮攻略に使う探照灯は、探照灯という言葉でイメージするような大きい物ではなく、手で持てるほどの小さな物だ。そうでなければ攻略には使えないのだろうが。
エセルとルーラ、ロザナがいくつ持って行くかの話し合いをしている中、六花はジルを見上げた。
「探照灯も使い捨てなんですか?」
「魔道具は基本的に使い捨てだ。探照灯は平均的に五回前後は使えるが、一回で壊れることもあると考えると、多めに持って行くに越したことはないな」
「魔道具は壊れやすいものなんですか?」
「一個一個にコストをかけて質を向上させるより、質が低下しても量が必要だ。質も上がるならそれに越したことはないが、量産が続いて研究どころではないのが現状だ」
それだけ魔道具が必要になるということだ、と六花は考える。確かに、エセルたちは六花の
「そんなに迷宮が多いんですか?」
「ここ数年は急速に増えている。妖霊の研究も続いているようだが、迷宮は瘴気が濃いから進んでいないようだな」
冒険者であっても、妖霊に観測されないように距離を取る必要がある。しかし研究をするとなれば、ある程度でも近付かなければならない。そうであれば、研究は危険を伴うことになるだろう。その分、難しくなるのだ。
「俺たちに研究者がついて来ることもある。いずれ機会があるかもな」
「そうだわ!」
ルーラが何かを思いついた様子で手を叩くので、六花とジルは話すのをやめて振り向いた。
「捜索用の魔石も必要だわ。はぐれてしまったときのために」
「ああ、そうだね」エセルが頷く。「ブラント、用意できるかな」
「もちろん。取って来るよ」
ブラントがまたカウンターの奥に入って行くと、六花はジルを見上げる。
「捜索用の魔石は、それぞれ別の魔力を宿している。その魔力を記憶することで、離れた場所にいても感知で探すことができるんだ」
(GPSみたいな物か……)
六花のスマートフォンの機能を使ったとしても、それが魔法で感知できるかと言えば、おそらくできないのだろう。スマートフォンは科学によって作られた物。PGSは電波であり、魔力は一切も込められていない。魔法にはおそらく反応しないだろう。
「これでいいか?」
ブラントが持って来た縦長の箱には、浅葱色の結晶のペンダントが納められていた。まずはエセルがそれを手に取り、両手で包み込む。魔力を記憶しているようだ。ロザナとルーラも同じように手に取り、最後にジルが魔力を記憶する。それが済むと、六花の首にチェーンを回した。六花は、なんとなく温かさを感じるような気がした。
「絶対になくさないように」エセルが言う。「なくせば探せなくなるからね」
「はい」
六花は大事に服の下にしまう。魔法を持たない六花は、魔法で自分の位置を伝えるような手段がない。魔石がなければ、探査魔法では六花を感知することはできないのだろう。妖霊との戦いで、六花が四人とはぐれてしまう可能性は充分にあり得る。なんとしても避けなければならない状況だ。
「僕たちとはぐれてしまったら、最も近い隠れ場所に身を潜めて待っていてくれ」
「わかりました」
臆病者の自分にそれができるかと考えると怪しく、六花はその時が来ないことを祈るばかりだ。
「じゃ、持ち物を確認しましょ」ルーラが言う。「
ルーラが示した場所には、赤い色の石が嵌め込まれている。それに軽く手を触れると、ウインドウが浮かび上がり、鞄の中身が一覧で表示された。詰め込めるだけ詰め込んだ魔道具が確認できる仕組みになっているようだ。
「こうやって中身を確認するんだね」
「ええ。空間魔法がかけられているから、確認は簡単よ」
「充分な量を持ったね」と、ロザナ。「あとはスキルの機会を見極めるだけだ」
六花は一気に緊張に襲われた。これから戦いの場に足を踏み入れると考えると、まだ戦いは始まっていないというのに背筋がゾッと寒くなる。それと同時に、ホラゲでもこれだけ持って行ければ攻略が楽になりそうだ、などとのん気なことを考えていた。
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