44話 万死玉砕
―ミリューと共に
弓と言うのは撃たれた矢が多ければ多い程に命中率は上がる。逆に言えば一本の矢が目標に届く確率は当然下がる。それが動く者なら尚更、さらに距離もあれば俄然遠退いていく・・・。
だが片足が動かないアンには距離を詰める力は残されてない。
全集中力を弓に集結させ、心に細き糸を張るが如く静かにその時を待つ。焦りや迷いが無い訳じゃ無い。もし、最後の機会を、この矢が皇帝の急所に命中しなかったら・・・。
それで無くても、いくら巨大化しているとは言え、この距離から皇帝を射るのは至難の業・・・だからこそ、もう最後に撃つ矢の技は決まっていた。
心を無にし、当たる事だけに特化させた究極奥義。
(ヘクター・・・合図はまだ?早くしてよ!)
さっきのヘクターの声が聞こえたように、こっちからも念を送るも向こうから返事が来ることはなかった。
(まさか・・・あれって私の幻聴?・・・)
その時だった。
誰かが静かに自分の腕を掴む。
「・・・・貴方も生きてたのね・・・」
それは金髪で低身長でそばかすがやや目立つ
「何をするのか分からないけど・・・やるんでしょ?」
アンは黙って大きく頷く。
「じゃあ、意識を弓に集中して」
そう言うとミリューは大きく深呼吸する。
「風の精霊・・・シルフよ。お願い!私に力を貸してっ!!」
ミリューがそう願うと、美しい精霊シフルがアンの腕を優しく包む。
「シルフの加護よ。シルフに愛された矢は絶対に相手に当たる・・・」
「分かった・・・ねぇ、お願い。最後まで傍にいてくれる?」
「・・・いいわよ、元からそのつもりだったし、これで終わりにしましょう」
ミリューがアンの腕を支えるように掴む、これで最後の迷いもなくなった。
後は・・・合図を待つのみ。
―開門
頭上から降ってきた夥しいまでの針の雨が全てを串刺しにしていく。俺は幸いにも岩に激突した時に崩れた瓦礫のおかげでなんとか致命傷を受けずに済んでいる。
全てが絶望に染まる中・・・たった一人だけ皇帝に立ち向かう姿がそこにあった。
「ロ、ロドリー・・・」
血だらけになりながらも諦めないその屈強なまでの精神力。
(ああ・・・ロドリー・・・俺はあんたのパーティーで本当に良かった)
そして・・・。
少し遠くで感じる力・・・あれはミリューか!?
そしてロドリーが抱きかかえるのはヘクター。突如として苦しみだす皇帝・・・それは、俺の目から見てもこれ以上にない絶好の機会であると確信する。
(どのみち、このままじゃもう動けんか・・・)
・・・・・俺は師匠が言った言葉を思い出す。
「・・・・開門?」
「ああ、その名の通り、開く門と書いて開門と呼ぶ」
「これは、そのままの意味。己にある気を一気に開放させる、修練もそれほど必要がないからお前でもすぐに出来るようになる」
「おおお!ようやく俺も気術使いに・・!!」
マッシュは静かに首を振った。
「違う、これは・・・ただの自爆攻撃だ」
「・・・じ、自爆」
「ああ、一気に気を開放させ一生分の生気を全て使い果たす。当然、その一瞬だけは何千倍をも力を手にすることができる・・・」
「・・・だが、それまでだ。これを使えば、お前の意識が消えると同時に、その肉体も気の燃焼によって燃え尽きるだろう」
・・・これが今の俺に残された最後の切り札だ。
恐らく俺の力の上限、寿命を考慮して最後に教えてくれたのだろう。その『気功』と呼ばれる体のスイッチはさすがに恐怖で押す事は出来ない。だから、師匠はそれを起動させる物をペリエには内緒で渡してくれた。
・・・赤水晶の玉。
鞄に入っているそれを俺は口で咥える。
それを飲み込んで体内に入れれば内部で開門が発動される・・・。
勿論、こんなもの出来るなら使おうとは思わない。
だが、今は・・・今だからこそ、使わなければならない、そんな気がする。
問題はその一瞬を見誤らない事だ。
もうすぐ皇帝の身に何かが起こる。
その時・・・何かが起きる、その一瞬で俺はこの玉を・・・。
( ダ メ )
・・・・!?
今、確かに・・・声が聞こえた。
誰の声だ?
( し ん じ ゃ ダ メ )
始めて聞く声だが、その主が誰なのか俺は知っていた。
「・・・ペリエなのか?」
「ペリエ!!どこだー!どこにいるー!!」
俺は必死にペリエを探す。
俺の記憶が確かならペリエは
( だ い じ ょ う ぶ )
そして俺はようやくペリエを見つける・・・だが・・・。
「ペリエッ!!!」
ペリエもあの
「ペリエ!!しっかりしろ!!」
俺の声に反応するようにうっすらと目を開けるペリエ。
「・・・・だめ、それ・・・つかっちゃだめ」
「ペリエ・・・!お前ついに話せるようになったのか!!」
「うん・・・ずっとしゃべっていた・・・でもきこえてなかった」
こんな時に娘の成長が見れたような・・・だが俺は込み上げてくる感情を必死に抑える。
「・・・ペリエ、玉は使う。本当は使いたくなんか無いがな・・・・」
そうしないと・・・ここで食い止めないと、人類の未来は途絶える。
それだけは確かなのだ・・・。
「それに、俺はまた生まれ変われる。こんな事が出来るのも俺だからこそ」
「ちがう」
「何が違うんだ?」
「くりかえしたら、どんどんこわれる・・・いのち・・・こわれる」
「だから・・・しんじゃだめ」
・・・衝撃の事実だった。
俺は今まで『継承記憶』によって何百と転生してきたが、そのリスクについて考えた事が無かった。けして望むがままに何にでも転生出来る訳じゃ無いないから、無条件でずっと転生出来るものとばかり考えていた。
「俺の・・・俺の魂が・・・壊れるのか!?」
「・・・こくり」
じゃあ、もし・・・ここで死んだら次はもう無い。
俺は本当に、死ぬ?
「そこまできずついてない まだしなない」
俺の疑念を察したようにそう答えるペリエ。
「でも、生死を繰り返せば・・・いずれはって事か」
「・・・こくこく」
白銀のやつ・・・絶対知ってただろ!!
まぁ、今はムカついている場合じゃない・・・。
「ペリエ、俺にアレをかけてくれ」
「ふるふる・・・」
「・・・大丈夫だ、もう命を無駄にしないよ。でも今は、そうしないといけない時なんだ、だから頼む、アレをかけてくれ」
俺はペリエに、最後のお願いをする。
「・・・・」
脚に力が増してくる。
「・・・ありがとう、ペリエ」
「・・・・・・」
その時、後ろで僅かな爆風が起こる。
それは・・・おそらく最後の合図・・・。
・・・・ごくり。
俺は口の中に入れていた、赤水晶の玉を飲み込んだ。
「ペリエ・・・いつか絶対・・・迎えにいく」
どんな形でもいい。
また俺達はきっと会える。
だから・・・今は・・・・。
「ぐぐぐっ・・・・うおおおおおおおおお!!!!!」
いざっ―――――
―かけなしの火球
ヘクターはロドリーの肩を借りつつ、アルテミシアの声を静かに待っていた。否、最早もう待つしか彼に残された選択肢は無かった。
(・・・まだかよ、向こうじゃアンがギリギリで待機しているってのに)
「おい・・・まだなのか?」
「・・・・・・・・・・」
最早ヘクターには口を開く余裕さえ残ってない。
だが、その時だった。
苦しみ暴れ出す皇帝、そして微かに聞こえる凛とした女性の声。
『ヘクター・・・もう少しだ・・・もう少しで完全に私の精神を一瞬だけ元に戻す。その時・・・合図を出す・・・』
(分かりました陛下!どうか・・・ご武運を!)
「そろそろ・・・らしい」
ヘクターがゆっくり口を開く。
「ほ、本当か・・・!?」
「ああ、声が聞こえた・・・」
ヘクターも最後の準備に取り掛かった。
「・・・火の神フレイ、汝、我の声に力を与え申したりっ・・・」
ヘクターの手に人拳程の小さな火球が現れ、力なくゆっくり揺らぎ始める。それを見たヘクターは思わず苦笑いする。
(もっぱら脳筋の俺が・・・なんでこんな下手くそな魔法覚えてたんだか)
そして・・・ついに・・・皇帝の動きが・・・止まる。
その体に、本当に僅かであったが確かに赤く光る鼓動を見た。
「・・・ヘクター・・・ココダ、ココヲネラエ!!!」
くぐもった声で大きく叫ぶ巨大な肉塊・・・。
「いけっ!!ファイアーボール!!!」
そこにヘクターの投げ放ったファイアーボールが命中する。
ボフンッ!!
微弱だが、確かな衝撃音。
今、賽は投げられた。
「アーーーーーン!!!今だーーーー!!!!やれーーーー!!!!!!」
ヘクターは全身の力を振るえさせながら大声で叫んだ。
―真 明 弓
「アーーーーーン!!!今だーーーー!!!!やれーーーー!!!!!!」
それは一瞬体が硬直する程の大声だった。
(きた・・・合図)
「じゃあ行くわ、ミリューお願い!!」
「あいあいさー!!さぁ弓に意識を集中させて!!」
アン全身の神経を弓に集中させる。その研ぎ澄まされた
その間アンはずっと目を閉じて集中していた。
(狙うは・・・ファイアーボールが直撃した場所・・・!)
そして、アンは目を開く、大きく弓を引き・・・肉を燃やす僅かな火に意識を全集中させる!!!!
「お願い・・・当たって・・・!!」
「
その瞬間、先ほどまでの美しい覇気の全てが矢に集結するように集まり・・・そして神速の如き流れる矢が放たれた。
全ての者が望みを懸ける必殺の矢が皇帝を目掛けて駆け抜ける!!
「絶対に当たる・・・当たる・・・あたれええええええ!!!!!」
ミリューが渾身の叫びを上げる。
「・・・・ナンダアレハ・・・!?」
その声は・・・もう先ほどのアルテミシアのものではなくなっていた。
「コザカシイコトヲ・・・」
その声の通り僅かに反応を見せた皇帝は瞬時に弱点を庇うように片手を前に出した。そして・・・最後の矢は片手に深く突き刺さる。
「あああ・・・」
ドバーーーーーン!!!
凄まじい衝撃で大きな轟音が鳴り響き、射貫かれた片手は瞬時に木っ端みじんに吹き飛んだ。
だが・・・だがしかし・・・急所は突けず・・・アンの渾身の一撃は・・・
勝ち誇る邪悪に満ちた皇帝の笑み・・・。
だが、その時だった。
―万死玉砕
気の燃焼で全身が炎に包まれている。
毛が焼ける臭いが全身に充満している。
だが、それでも俺は全力で駆け抜ける。
開門で得た力で、ペリエにかけてもらった
激しい鼓動の音だけがする。
ドク・・・ドク・・・・ドク・・・・
吹っ飛んだ片腕のおかげで狙いに迷う必要さえなくなった。
俺は走る・・・走る 走る 走る!!!
ドッドッドッドッドッドッドッドッ!!!
まるで時が止まったかのように鼓動だけが、足音だけが聞こえてくる。
そして弾丸の如く、皇帝に飛び込んだ。
ドシュ・・・!!!
肉がめり込む鈍い音と共に、皇帝の体が貫かれ、ぽっかりと丸い空洞が出来上がっていた。
(どうだ・・・やったのか・・・?)
だが、その衝撃で俺の体はボロボロの消し炭となって崩れ落ちてゆく・・・。
遠退いていく意識の中で・・・俺はまたあの白い手を見たような気がした。
―皇帝、死
決死の弓が弾かれた瞬間だった。
弾丸のように走る四足動物が業火に焼け、消し炭になりながらも見事に皇帝の弱点となる部位を貫いた。
「しかああああああああああああ!!!!!!」
貫通し、崩れてそのまま消滅するそれを見てロドリーは号泣しながら叫ぶ。
「・・・・ソンナ・・・バカナ・・・・」
ゴフッ・・・
皇帝の口から大量の血が溢れ出る。そして・・・。
ドガガガガガ・・・ズシーン・・・・
大きな轟音と共にその場に足を付き、動きを止めた。再生する気配はない・・・・。
「これで・・・ついに、ついに・・・・・」
誰かがそう言おうとしたその時だった。
「 ま だ で す !」
再生する事無く、静かに動かなくなるその巨体の上で一人ほくそ笑む銀髪の男。
第六魔貴族、マーチル・ホーンが我が意を得たりとその場に降り立つ・・・。
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