43話 福音



―同刻より少し前 



マーチル・ホーンは意外な程に奮闘する帝国勢に深い関心を示していた。同時に300年という年月をかけて熟された皇帝のなれ果てについても、その想定外の強さに強い興味を示していた。


「なるほど、あれは最早、三柱どころか魔貴族全員で挑んでも葬る事が出来るかどうかも怪しい・・・しかし、いずれ暴走し力を失い自滅するか・・・実に惜しいな」


「なんにせよ、これで人類の歴史も終わりか。私としてはもう少し頑張って貰いたかったが実に残念です・・・」


相変わらず余裕の達観にいるマーチル・ホーン。


「ほぅ、一体何が面白いのか私にも聞かせてほしいもんだね!」


突然の気配・・・いや、あまりの瘴気に気づけなかっただけか、そこには一人のドワーフの戦士が仁王立ちしながら腕組みしている。


「良いのですか?こんな所で油など売っていて」


「フッ・・・なに、構いやしないさ、私の相手はマーチル・ホーン、お前だからなっ!!!」


女戦士、ドニヤがマーチル・ホーンに目掛けて斧を投げる!


「これでも喰らえ!!投撃手斧トマホーク!!」


「無駄な事を」


それを難なく避けるマーチル・ホーン。


だが、思いがけない敵の出現に一応の興味を示す。


「どうも貴方は私に怨恨の念を抱いているようだ」


戻ってきた斧を乱暴に取り上げるドニヤ。


「ソアレの仇だ、お前を殺してやる!!」


「ソアレ・・・?ああ、あの既に殺されていた魔族の事か」


「・・・何?」


「言った通りですよ、私の配下に探らせる前にもうその者は何者かによって殺されていた。私も丁度、犯人捜しをしていた所です」


「・・・どうでもいいさ、どうせやったのは魔族だろうからさっ!!」


ドニヤが突進しながら距離を詰めてくる。


だが、マーチル・ホーンにとってその相手は何ら脅威で無く・・・。


(ふぅ。いちいちこの手の輩を相手にしてはキリがない)


素早い連撃を繰り返すドニヤの攻撃をひょうひょうと躱しながら、この決着をどう付けるか模索するマーチル・ホーン。



(・・・この女、もしかすると使えるやもしれぬ)


「さっきから逃げてばかりだが、まさか反撃する手が無いなんて事は無いのだろうね!?」


「まさか・・・」


「まぁ、これはこれであまり見せたくはありませんでしたが・・・貴方が抵抗レジスト出来なければ誰にも知られる事もありませんし、良いでしょう」



「 精 神 ノ 完カース・オブ・ 全 支 配ドミネイト!!」



マーチル・ホーンから無数の紅い糸がドニヤの顔面に絡みつく!


「くそっ!!!何だこれは・・・!!」


「ほぅ、直撃を受けても尚口を開く余裕がありましたか」

「だが、私の精神攻撃に耐えられる人間などこの世に存在しない!!」


必死に抵抗を続けていたドニヤだが、その言葉通り最終的には完全にマーチル・ホーンに精神を支配され、ただ茫然と立ち尽くしていた。


「まぁ今はまだ殺しはしません。あちらがどう転ぶかによっては貴方は重要なカギになり得ますからね・・・クククッ」



ーーーーーーーーーーーーーー



―呼びかける声



無秩序ノオールニードル・針ノ雨バレッドによる無差別攻撃で帝国軍は壊滅し、生き残る者も

数十名を残すのみとまでになっていた・・・。



強固な帝国インペリアル・陣形フォーメーションで前方を守護していた重装歩兵団は、繰り返される岩山の暴風雨ストーンシャワーにより壊滅。先陣を切って前に出た聖騎士団も、皇帝が奮う圧倒的武力を前にその鉄壁の防御力も空しく瓦解した。


本陣後方で魔法支援を繰り返していた宮廷魔導師団も魔力が尽き、もう攻撃する手段を残さず、決死の足止めに散った武装商船団、接近戦まで持ち込みながらも心半ばにして散っていった兵士達・・・。



だが・・・まだ、息を残す者がいた。


「・・・・ドワーフノオンナ・・・カ」


全身血だらけになりながらも辛うじて斧を構える女戦士ロドリー。


「こんなんじゃまだ死なないねぇ!なにせやわな連中と違って・・・」


「しぶとさだけは誰にも負けないからなあああ!!!」



威勢の良い声で言い返すも、そのロドリーさえもう立っているのがやっとであった。


生きているとは言え、その全てはもう満身創痍・・・。




奇跡的に急所を外したとはいえ、全身を串刺しにされ身動きが取れない中、ヘクターの意識は混濁とした虚ろを彷徨い続けていた。



『・・・ター・・・クター・・・・ヘクター・・・・』



脳裏で誰かが呼ぶ声が聞こえる。

だが、すぐにそれは幻聴だと切り捨てる。


今、自分がなすべき事は立ち上がる事だと己に言い聞かせて。


「うっ・・・うごけぇ・・・俺の・・・からだぁ・・・」


『ヘクター・・・ヘクター・・・ヘクター・・・!』


「うるせぇ・・・聞こえてるぜ・・・幻聴が」



『ヘクター・・・私は、お前の目の前にいる』


『私は・・・アルテミシア・・・ヘクターどうか私の声に答えてくれ・・・ヘクター!』


(アルテミシア・・・だと!?)


『私はアルテミシア、第29代皇帝アルテミシア・・・帝国の・・・『伝承』の継承者・・・』


(陛下・・・ようやく意識が・・・)


『何とか意識を・・・だが、それもすぐに呑み込まれる・・・自我を失い・・・何もかも・・・それだけは・・・何としても・・・』



(陛下・・・しっかりしてくださいよ・・・皆・・・皆あんたを信じて・・・ここまで来たんだぜ)



『・・・ヘクター、聞け・・・』


『私を・・・殺せ・・・』



(嫌だ・・・そんな言葉聞きたくねぇ・・・)



『安心しろ・・・私は・・・死なない・・・私だけじゃない・・・今までの記憶・・・皆の想い・・・使命・・・運命・・・『伝承』が全てを・・・託す・・・次の・・・命へ・・・』



『一瞬しか出来ない・・・一瞬だけ動きを止める・・・お前に出来ないなら誰かに伝え・・・急所は・・・』


「・・・・グオオオ・・・マダイシキガ・・・モウアキラメロ・・・」


皇帝が突然頭を抱えながら苦しみだす。


アルテミシアが中で必死に止めようとしているのだとヘクターは直感する。



「こんな状況じゃ・・・誰かって・・・誰に・・・クソ」



(・・・・アン!アン聞こえるか!聞こえるなら返事しろ、アン!)


ヘクターはダメ元で必死にアンに呼びかける。もし生き残りかつ、余力がある者。それはアンである確率が一番高いと信じたからだ。



(アン・・・返事をしろ!!俺はヘクターだ!!)


ヘクターは心の中で何度もアンを呼び続ける。



―同刻



『ン・・・ア・・・』



アンの脳裏に自分を呼ぶ声が聞こえる・・・無秩序ノオールニードル・針ノ雨バレッドを受け、壊滅的打撃を受けた狩猟兵団も、折り重なるように皆、死に絶えていた。



皮肉にもその死体の山のおかげでアンは何とか生き延びる事が出来ていた。


だが、もう片足は言う事を聞かない。立てるかどうかも分からない。


それなのに・・・


『アンッ・・・アンッ!!!俺だヘクターだ!!聞こえてるなら返事しろっ!アンッ!!』


うつ伏せのままその声で徐々に意識を取り戻すアン。



(うっさいわね・・・馬鹿ヘクター・・・聞こえてるわよ)


『アン!!生きていたかっ!!時間が無い、もうお前にしか頼めねぇ!』


(―私だってもう何も出来ないんだけど)


アンはヘクターにそれは言わず、心の中に留める。


『陛下の意識はまだ生きている・・・見えるか?あの化け物、陛下の意識に阻まれて混乱してやがる・・・急所は俺が教える・・・そこを、お前の弓で狙うんだっ!!』


(・・・無理よ・・・こっちももう立てないの)


『俺も同じだ・・・悔しいがもう何も出来ねぇ・・・こんなにも無力な自分が情けねぇ・・・』


(何よ・・・あんた泣いてるの?)


『頼む・・アン・・・男の頼みだ・・・頼む!!』


その時、アンは自分の中に熱い血が滾るように流れ込んでくる気がした。「まだ終わっていない」自分にもそう言い聞かせる。


(ヘクター・・・この借りは・・・高くつくからねっ!)


(お願い・・・私の体・・・うごいてよおおおおおおおおお!!!!)


「ふぬううううううん!!!」


アンは片足を引きずりながらもなんとか立ち上がる。



『アン・・・お前は最高の弓使いだぜ』


「・・・知ってるわよ」



アンは最後の力を振り絞り、大弓を構えた。




―窮地の冒険者



「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」


(クソ・・・勢い任せに啖呵切ってみせたがもう何も出来やしねぇ)


ロドリーは大きく呼吸をしながら苦しみだす皇帝と対峙していた。

体は最早自分の血で赤く染まりつつある。



「・・・・グオオオ!ハヤクキエロ!・・・」


(だが・・・いきなりなんだ?もしかして今が絶好の時なのか!?)


今までとは明らかに違い、大きく混乱している様子。


今が絶好の勝機なのには間違いない。だがしかし・・・。



(だが、何したって瞬時に回復しやがる・・・せめて、せめて弱点でも分かれば!)



・・・・コツッ

・・・・・コツッ


そんなロドリーの目の前に、小さな石ころが投げられる。横目で視線を動かすと、そこには瀕死になって倒れているヘクターがいた。



「お、おい・・・大女・・・こっちに来い」


僅かに口の動きを読み取り、ゆっくり駆け寄るロドリー。


「生きていたか・・・」


「ああ、なんとか・・・な」


ロドリーの目から見てももうヘクターは虫の息であった。


生きているのが不思議な程に・・・。


「聞いてくれ・・・」


「おい!もういい!休んでろ!」


「いや、聞いてくれ・・・今・・・今、アンが最後の力を・・・皇帝が、皇帝の意識が戻っている。あの中で皇帝が戦っている・・・」



一瞬、ロドリーには何の事なのかさっぱり分からず、それは最早ヘクターの狂言であるかのように聞こえた。


だが・・・アンの方、帝国狩猟兵が配置されていた後方を確認すると・・・たった一人、死体の山の中で静かに立っている一人の女狩猟兵の姿があった。



「お、おい!!アンがどうしたって!?何をする気だ!!」


強引にヘクターの肩を揺らすロドリー。


その度に口から吐血が溢れて言葉がかき消される。


「あ、すまん・・・!ヘクター!何か方法があるなら教えろ!」


「・・・残っている陛下の意識が弱点を教える・・・だが一瞬だ・・・その一瞬に懸ける・・・頼む、俺を立たせてくれ・・・アンに、アンに教えねぇと」


ロドリーはヘクターの肩を抱き、瀕死のヘクターを立たせた。


「今なら大丈夫だ・・・もっと、もっと奴に近づいてくれ」


「お前・・・本当に大丈夫なのか!?」


「ああ・・・あれがくたばるまでは・・・俺も死なん」


ロドリーの肩を借りて何とか皇帝へ接近するヘクター。


自我を取り戻し己の肉体に抗う皇帝の最後の合図を静かに見守る。

飾り程度にしか考えて無かった魔石の指輪に不器用までの魔力を込めて・・・。



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