34話 修行




―龍玉泉


龍玉泉、あのむさ苦しいライーガをさらに濃ゆくしたような場所だが、この地こそ全ての格闘家、いや、全ての戦闘職が集う修行の場である。元々は良質な温泉が湧く山場を格闘家たちが拠点にしたのが始まりと言われている。


それが帝国領に編入された時、大改革がなされ今では一般から熟練者までが集う総合施設となり、宿舎は勿論の事、ここで商業を生業とする者や、行商に訪れる者、さらには娯楽まであると言うのだからこれはもうある意味町と言ってもいいのかもしれない。



個人的な話になるが、俺はこの世界に来る前から温泉というものに浸かった事が無く、お湯に浸かると言う行為の何が良いのさっぱり分からない。よく寒いから温まると言うが、そのためになぜ濡れる必要があるのか?暖を取るだけでいいのになぜ一手間かけてしまうのか、その辺の拘りが理解できないまま転生したもんだからミリューと同じく、こういう場はただただむさ苦しいだけにしか見えないのだが・・・。



「あのー・・・すいません、マッシュという方を探しているのですが」


「あら、お行儀の良い鹿ちゃんねぇ、ちょっと待っててね」


さすがに各地方から色んな種族が集まる場所なだけあって、俺の姿を見ても動じない受付嬢。まぁ世の中にはネズミの格闘家も居るのだから鹿ぐらいで驚いてもいられないのだろう。


「あー会ったわ、マッシュさん。確か変わった格闘術を教える方のようで、でも、この方・・・中々門徒を取らない事で有名な方なのよねぇ」」


「ソアレという方からの紹介と言えば会ってくれるはずなのですが・・・」


「あら、それじゃ紹介状あるかしら?」


「はい、ここに」


俺は普通に受付嬢に紹介状を渡したけど・・・あの蝋印ってどう見ても魔印だよな。いくら色んな人が集まるからって魔族の紹介状なんて渡して良かったのだろうか。



まぁ施設の規模も相当広いので俺達は受付場で30分程待つ頃に。



「ロバさーん、お待たせしました~。会ってくださるようなのでそのまま中央の通路から順路を追って進んでくださーい」



順路を追って通路に出ると様々な施設で修行しているのが見える。体術は勿論の事、剣、槍、斧、弓。他で興味が引いたのが『小剣』という突きに特化した軽量の武器による修行で、その師範っぽい人がイケメンのオーラを纏うニヒルなマスク男だった。それでいて門下生は全員女性と言う変わった道場。つーか、あれ全部あの男のファンなんじゃないか?全くどんな技で女を虜にしているのやら・・・スクリュードライバーでも仕込ませたんじゃなかろうな。全くマスク男は実にけしからん。



そんな不埒な者などをよそ見しているうちに、俺達は一番奥にある修行場にたどり着いた。


他の修行場とは違い門徒は誰も居ないようだ。

ここが、マッシュとか言う奴の居る場所か・・・?



「お前がソアレから紹介されたと言う・・・なるほど、こいつは珍しいもんが舞い込んできたもんだ」



うおおお!溢れんばかりの筋肉マッチョ的な奴が・・・・が、なんだこの容姿は?上はランニングシャツで下は・・・迷彩ズボン??それにあの逆立った毛といい、ドックタグのペンダントいい・・・これは、これはまたどこかで既視感が・・・でも、あんまりはっきり言うと色々と問題が・・・。



「俺の名はマッシュ、この修行場を預かる者だが、半端なヤツには用はない。まずはお前の力を確かめさせて貰おう!!」


そう言うと男はいきなり距離を詰め、大ぶりな蹴りをかましてくる。


慌ててそれを避ける俺、後ろに引っ込むペリエ。



「おっと、そこの女!ここじゃ魔法は厳禁だぜ?最も強力な結界が至る所に張り巡らされているからな!使おうにも使えねぇがな」


「ってなんだこれは・・!!」


男の周りから突如として現れる無数の触手が、男の自由を奪う。


「こいつは魔法じゃねぇな。だが、こんなもんで・・・ぐふぬぬぬぬ!」


ブチブチィ!!


なんだコイツ・・・筋力だけでペリエの触手を千切っただと!?


「本当はサシでの勝負というルールだったんだが、まぁ良いだろう。ハンデをくれてやる、両方でかかってきな」


「えっと・・・戦う以外の方法は無いのでしょうか?」


「あるかんなもん!!ここは己の力を高める修行場だぜ?大体俺はまだお前を修行に付けるかどうかも決めてない。センスの無い奴はいくら磨いても意味はないからな!!」



全く、なんて言う脳筋男だ。だが、このまま突っ立っていてもただやられるだけか、ならば・・・!



「ほぅ、それがお前の戦闘スタイルか」


俺はナイフを口に咥え戦闘モードに切り替える。ちょっとだけならあのキョンシーにだって不覚を取らなかった。この戦い方にはちょっと自信はある。


「ソアレがお前を寄こしたのはただの気まぐれだったのだろうが、俺としてはますますお前に興味が出てきたぜ」


「おおおおお!!!やられる前にやってや・・・」



・・・・あれ?なんで



こいついきなり座って・・・・まさか、これは・・・・!



ぐほっあぁ!



全力で突進したその瞬発力さえも反動に帰すかのような華麗な空中回転蹴りサマーソルトが見事に俺の顎を捕らえ、俺はそのまま仰向けに吹っ飛ばれる。あああごごご顎が・・・あごがぁ。


「俺の戦闘スタイルは迎撃型、迎え来る敵に対し強烈なカウンター技で応酬してやるのさ」


「だが、それは俺にだけ通じる個人技、総合的にお前と俺が持つ共通の戦闘スタイル、それは・・・!!」


近接格闘術マーシャルアーツ、つまり、より生命を殺す事に特化した戦闘技術だ!!」



宙を舞いながら、首から地面にドシャアアアっと落ちるその瞬間までにそんな決め台詞を聞いた後、俺は意識を失った・・・こ、小宇宙が・・・。




・・・・・・・・・・・



(おい・・・起きろ!おい・・・!)



うっすらと目を開けようとするとその奥に得体の知れない軟体動物みたいな顔がぼやけて見える、いや、これは俺の感覚がぐらついているせいなのか・・・?そうだ、俺は見事に蹴りを食らい体をきりもみ上に落下させながら車田おt・・・意識を失った。と、いう事はこれは重度の脳震盪か。


「ようやく起きたか、上手い事顎にいったから脳震盪でも起こしたんだろうよ」


「・・・いや、物理的に頭から落ちたような気が」


「まぁそれはそれとして、俺はお前を鍛える事に決めたぜ」


クールガイのマッチョ、マッシュがニヤリと笑う。


近接格闘術マーシャルアーツってのはただでさその応用幅が広い格闘技なんだ、それにきて鹿にそれを教えるなんて事は後にも先にもこれが最初で最後。俺自身、お前にどれだけの事を仕込められるか、興味が沸いた」


・・・仕込みって芸かよ。


「まぁ、根性見せて俺についてこれば・・・」


マッシュは手を大きく掲げる。


「5年もありゃお前は相当な腕前になるはずだ」


ご、五年・・・五年かぁ・・・鹿生の半分きたぁ。


「・・・すまない、もうちょっとその、早めにマスター出来ないものだろうか?」


「は?馬鹿かお前。5年でも相当早い方だぞ」


「いや、実は寿命が10年程しかなくてですね」


「はぁ?10年だと・・・いや、まてよ」


そう言うとマッシュは指をこめかみに当て少し沈黙する。


「いや、それでも強くなれる時が早まるなんて事はねぇ、どっちにしても決めるのはお前だ」


「やるのか、やらねぇのか」



こんな重要な場面なのに脳内で某アイドル曲の卑猥な替え歌が流れてくる辺り、俺は今でもまともな判断が出来ずにいる・・・。



だが・・・



「・・・やります、やらせてください」



だが、5年という長き年月を皆が待ってくれるかどうか・・・。



絶対無理だろうなぁ。



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